偽りの関係

 あの日から3か月が過ぎ、季節は春。


 付き合い始めたからと言って、私とシュウの関係に目に見える変化はなかった。


 少し変わったのは何となく気恥ずかしくて真っ直ぐ顔を見られなくなったくらい。


 時間が合えばこれまで通り一緒に帰るけど、お互い相手のほうを見ることが出来ずに正面ばかり見ていた。でも、全然嫌じゃない。それどころか、このこそばゆさが心地よかった。



 最寄り駅からそれぞれの家への分かれ道まで500mほど。

 10分もかからない距離を出来るだけ小さい歩幅でゆっくり歩く。


 口に出すのは恥ずかしいけど、もう少し一緒にいたいから。



 日が傾き、長く伸びた二人の影が重なっている。

 そんなことを思いながら歩いていると、ふとシュウの手にぶつかった。


 シュウは私の小指だけを握ると、何事もなかったかのようにさっきまでしていた話を続けた。


 くすぐったくて、私が心の中でキャーキャー騒いでいると向こうから車が一台やってきた。


 あれはシュウの家の車だ。


 私は咄嗟に手を離した。


「どうしたの?」

 シュウが怪訝そうに尋ねた。


「いや…」

 私が濁すとプップーとクラクションが聞こえた。


「二人とも今帰り?」

 シュウのお母さんが車から顔を出した。


「なんだ、母ちゃんかよ。」


「なんだって何よ。母ちゃんが出てきて悪いのか?」


「違うけど。」


「そんなことより、カンちゃん。しばらくぶりねえ。」


 そう、私はシュウと付き合い始めてからシュウの家に行っていなかった。それまでは部屋に上がり込んで一緒にゲームしたり、そのままご飯をご馳走になったりしていた。でも、どんな顔をしてシュウのお父さんやお母さんに会えば良いかわからず何となく避けてしまっていたのだ。


「お久しぶりです。」


「すっかり綺麗なお姉さんになって。おばちゃん、遠くから見たら誰かわからなかったよ。シュウが彼女を連れてきたのかと思っちゃった。」


「ち、違います!彼女じゃないです!」


 私はなぜか思わず否定してしまった。


「あら残念。カンちゃんさえ良ければ、また遊びに来てね。おばちゃんいつでもウェルカムよ。」


 シュウのお母さんはそう言い残すとブーンと走り去っていった。


「ふーん。彼女じゃないんだ。付き合ってると思ってたの俺だけなんだ。」


 シュウが薄い唇をツンと尖らせる。


「ごめん。なんか恥ずかしくて。」


「カンナは俺と付き合うのが恥ずかしいの?」


「そうじゃないんだけど。…ほら、私たちずっと友達を通り越してみたいだったじゃない?だから、それが恋人っていうのがどうも照れくさくて。」


「そういうものか…」


「うん。ねえ、私たちが付き合ってることもう少し二人だけの秘密にしよ。」


 シュウはハアと小さくため息をついた。


「いつまで?」


「もう少しだけ。心の準備が出来るまで。」


「しょうがないな。早く心の準備しろよ。」





 *****



 4月。


 新しいクラスに入ると見慣れた背中があった。

 今年もまた同じクラス。なんて声をかけようかな。

 足音を立てないように後ろから近づこうとすると、


「シュウー!」


 前から大きな声が聞こえてきた。


 キレイどころ集団のひとり。アリサだ。

 よくシュウに声をかけているが、あの集団の中では一人だけテンションが違う。


 ただからかっているのではなく、シュウのことが好きなのだ。

 女の勘。私の勘は当たりはずれがあるけど、これはきっと当たり。


 私は踵を返し、自分の席に着いた。



「ねえ、シュウ今日は部活?」


 アリサの高い声がよく通る。


「いや、部活はないけど。」


「えー、じゃあ今度こそカラオケ行こうよ。ファミレスでご飯食べるのでも良いし…」


 シュウのほうを見ると困ったように笑っていた。


「いいじゃん。彼女いないんでしょ?遊ぼうよ。」


 アリサが果敢に攻め立てる。


 シュウはチラッと私を見た。


 まるで私の反応を伺っているかのように。


「行こうよ。ねえ。」


 そう言いながらアリサがシュウの肩に手を伸ばしかけた時、



「…います!彼女ここにいます!」


 私は自分で想像していたよりも大きな声で宣言してしまった。


 シュウはアハッと嬉しそうに声を上げて私に近づいてきた。


 そして私の肩に手をまわし、

「そういうことなので。」


 と言って満足気な顔をした。


 誰かがヒューと言うと教室が沸いた。





 始業式が午前中で終わり、お昼には解散になった。



 帰り道、私はシュウの手を握ってみた。


「恥ずかしいんじゃなかったの?」


 シュウが意地悪な笑みを浮かべながら聞いた。


「もういいの。」


 私がそう答えるとシュウはぎゅっと手を握り返した。



「じゃあ、このまま俺んち行って母ちゃんに報告するか」



 私たちは最寄り駅からの道をいつもより大きな歩幅で歩いた。











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