第21話

 決行は深夜3時。

 街の灯りも大半が消え、全員が寝静まる頃である。

 そんな中、王城の真裏に2つの影があった。


 俺とステラだ。


「準備良いか」

「大丈夫」


 自信満々にサムズアップするステラに俺は逆に不安になる。変なことやらかさなきゃ良いが、まあドリルじゃあるまいし。


「抜け道は……」


 王城の真裏は小さな森が広がっている。大木もある昔からの原生林で、鬱蒼として暗いから近づく人はまず少ない。

 昔、俺とステラがまだ仲良かった頃の秘密基地にしていた。確かその時に王城に通じる抜け道を見つけたはず。恐らく王城を建造した際に作り上げた緊急避難路だと思う。

 だからこそ、緊急時にしか使わない避難路を潜ることができるのだ。

     

 後は忍び込んで、レインの魔力反応を探れば良い。


「行くぞ」

「うん。【光学迷彩オプティカル・カモフラージュ】」


 俺たちの姿が、周りの景色に溶け込むように消えていく。

 ステラ……グラキエース家の固有魔法だ。光魔法の権威と言われるグラキエース家の固有魔法のほとんどは攻撃系統でなく、罠とか視覚的に欺く技が多い。しかし、どれも強力であるし、今がまさしく使い時だ。


「変な感じだな……」

「眼だけは透明にできないから」 

「わかってる。【遮音サウンド・インソレーション】」


 無属性魔法で足音を消す。

 ここまで念入りにせねば身が危ないからな。


 そして俺たちは抜け道を歩いた。




☆☆☆


 通り抜けた先は便所の床下だ。非常に臭い。ステラなんかは顔をしかめながら鼻をつまんでいる。


 魔力反応で人がいないことを確認して、ステラに合図。頷いたステラは魔法を発動した。


(ここから近い。案内する)


 ステラは俺の耳元で囁く。

 探知魔法はステラの方が上だ。腹立つけど。

 というか、こんな簡単に侵入できる王城って、警備ザルすぎだろ。大丈夫か、国の権威。  

 まあ、ステラの【光学迷彩】あっての侵入方法だし、古い避難路を使われるとは思わないか。かなり巧妙に隠されていたし。



 そんなことを考えながら、俺はステラの案内でレインのいる場所を目指す。

 幸運なことに見回りをしている衛兵はいなかった。そこも含めてザルだな。


 辿り着いた場所は、鉄で出来た厳重な扉だった。もちろん鍵も掛かっている。


「やっぱり何かあったな……」

「この鍵、すごい強力な魔法で閉じられてる。私じゃ開けられない」

「ふっ、じゃあ俺の出番だな」

 

 知っているかステラよ。

 俺に開けられない鍵は無い!!


「【上書き施錠オーバーライト・ロック】」

「その魔法は……?」

「俺が開発した。どんな強力な鍵も平凡な鍵にしてしまう、使いどころが限定される謎の魔法だ。なぜか開発できた」

「すごい……!」


 純粋な笑みで賛辞を贈るステラに、俺は紙をかきあげてニヒルに笑う。ははは、もっと褒め称えたまえ。


「そして【解錠アンロック】」 

 

 小さくカチッという音が鳴った。解錠完了だ。

 俺たちは互いに頷き、ドアをゆっくり開け、できた小さな隙間に体を潜り込ませた。



  

 中はまるで牢屋のようだった。

 部屋全体が鉄で出来ていて、家具は一切無く、無骨な手錠を付けられていたレインが、気持ち良さそうな顔でグースカ寝てた。


「余裕そうだなこいつ。叩き起こしてやろうか」


 俺はレインの頬をぶっ叩いた。


「ふびゃっ!? え、なに!? ……いたっ」


 飛び起きたレインは動揺を露にしたが、手錠が引っ掛かり苦悶の声をあげる。


「【解除リフト】」


 【光学迷彩】を解除すれば、俺たちの姿が浮かび上がる。

 よっ、と手を上げれば、レインは口をパクパクさせて驚きのあまり声も出ていない。


「おっと、大声はやめろよ、捕まるから」

「~~っ!!」


 慌ててレインは両手で口を塞いで、声に鳴らない悲鳴を上げた。


「ちなみに私もいる」

「ど、どうしてユウとグラキエースさんが?」

「それよりお前の状況どうなってんだよ。俺たちよりまずお前だろ」

「そ、それは……」


 レインは言い淀んで苦虫を噛み潰したような表情をした。


「実は……政権争いに巻き込まれたんだ」

「政権争い?」

「うん。僕の上には二人の王子がいるんだけどね、どっちもユウなんか目じゃないほどのクズなんだよ。第一王子は、常に酒に溺れて女遊びに耽る。第二王子は、奴隷を秘密裏に入手しと虐げる趣味だし。だから僕はあいつらを王にしないために動いたんだけど……」

「それで捕まったってことか」

「うん。最悪だよ。ドジ踏んじゃって、僕が王になろうとしていることがバレたんだ」

「は、お前王になりたかったのか!?」


 驚いた。レインはそういうことに縛られずに生きていくものかと思っていた。

 だが蓋を開ければレインは王になろうとしている。それは果たして兄である二人の悪事を阻止する義務感ゆえなのか、最初から王になることを望んでいたのか。


 レインは恥ずかしがるようにはにかんだ。


「僕は……子どもの頃から父上のようになりたかった。気高く強い高潔な精神で民を慮る立派な人に。けれども、父上は病に伏せている。だから、今父上の精神を継ぐのは僕しかいない。でも、義務感なんかじゃない。僕は──王になりたい」


 強い意思だ。

 その瞳は先を見据え、メラメラと燃え盛る炎だと感じた。

 ほーん、そうかそうか。


「んじゃ、なれば?」 

「へっ!? いや、そんな簡単じゃないし、今の僕の状況知ってる?」

「囚われのお姫様じゃね?」

「僕は姫じゃないよ!!」

「はっ、やっと調子出てきたじゃねぇか。いつまでも落ち込んでんなよ。先を見据えるなら最後までちゃんと見ろ」

「……っ。例え今ここでユウが僕のことを助けても、状況は好転しないんだ。すぐにまだ幽閉されるし、逃げおおせたところで僕の不利は失くならない。王になるにはとてつもない功績が必要だ」


 まあそうか。

 人柄だけで王になれれば苦労はしない。  

 きっと二人の王子も、周囲の根回しとか賄賂を使って外堀を埋めている。それをひっくり返すくらいの──勲章ものの活躍が必要なのだ。


 じゃあ、簡単だよなぁ?


「じゃ、作っちゃおうぜ、功績」

「はえ?」

「いっちょ、ドラゴン退治と行くか!」 

「なるほど、ユウは天才」


 ステラはすぐに意を示してくれたが、レインは固まったまま動かなかった。


「え、は、はぁぁぁ!! むぐっぐぐぐ」


 大声を出しそうになったレインの口を塞ぐ。

 必死に耐える紅潮した頬はいつものメスだ。


「まずはお前をここから逃がすぜ。だから逃げんなよ、お前の夢と目標から」


 


  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る