第12話
昏倒したドリルを医務室に運んだ後、授業は平常通りに進んだ。
しばらくクラスメートたち(ステラを除く)は、俺のことをゴミクズを見るような目で俺を睨んでいたが、『あ、そうだった、こいつゴミクズだったわ』という認識に落ち着いたのか、放課後には元の関係に戻っていた。
うんうん、みんな仲良くしないとな!
「レインー、帰ろうぜ」
「うん。でも、その前にドレリアさんの様子見ていかない?」
「えぇ……まあ、良いか」
レインは断ろうとしたことが分かったのかジト目で俺を見ている。俺にも責任の一端はあるし行くことも吝かではないが、俺が来ても嫌がるだろ、あいつ。
「これ見よがしに嫌そうな顔してるね……。勝ち方に問題があったのは自分でも分かってるんでしょ?」
「問題があったことを自覚しているけど、間違ったことをしているとは思えないな。ドリルも全力で俺を討ち果たそうとしていた。だから俺も『俺なりのやり方』で全力を尽くしただけだ」
「むぅー。そう言われると僕も強く言えないな。当事者同士の話だしね」
そうこう話しているうちに俺たちは医務室の前に辿り着く。するとレインが俺に前を譲り急かす。
「どうせまた喧嘩するんだから先に入ってよ。僕は巻き込まれたくないから喧嘩終わったら呼んでね」
「笑顔でとんでもないこと言うな、お前」
遠慮が無くなったと言えば良い意味になるのか。それとも俺に染まってきたか?
男の趣味に染まりやすいとは生粋のメスだな。
「なんかまた僕が謂れの無い中傷を受けてる気がする……」
「それはもう諦めろ」
「やっぱり思ってたの!? 諦められないよ! 僕、男らしくなりたいんだよ!? 王子だし! モテたいし!」
「最後の部分だけ切ねぇ……」
無理だ。お前がメスである限り女にモテることはまず無い。
「まあ、僕がどうすればモテるかは後でユウと相談するとして。早く行きなよ」
「相談とか無駄だろ。メス」
俺は後ろ手に上がる絶叫を無視して扉を開け、素早く閉めた。扉越しに怨嗟の篭った視線を感じるけど、モテないメスの僻みだからどうでもいいや。
と、ニヤケながら視線を正面に向けると──
──下着姿のドリルが唇の端をヒクヒクさせながら真っ赤な顔で固まっていた。
「え、エスペラント……?」
「ふむ……黒か」
「なにまじまじ見てるんですの!!!!」
「それにしても素晴らしい巨乳だ。ハリ、バランス、形全て満点評価だな。あの無乳とは大違いだ」
「批評すんな!! ですわ!!!」
慌てたように着替えたドリルが怒りを露にする。すでにお嬢様口調が剥がれているが、ドリルの男気はもう知っているし些事だ。
「ふー! ふー! 許さん……ですわ。ぶち殺す……ですわ。湖に沈めてやりますわ!」
「もうどっちかにしろよ。口調が渋滞起こしてるぞ」
微かに瞳を潤ませて抗議する姿は控えめに言ってそそる……ごほん、やり過ぎたか?
「悪い悪い。でも似合ってたぞ」
「感想は聞いてねーんですわ! それよりなんの用ですの? よくも私をヌルヌル漬けにして卑怯な手段で勝っておいて顔を出せますわね。……あぁ、思い出したら腹が立ってきましたわ」
「プンプンなのか」
「プンプンですわ! ってちゃーーう! お前と話してるとキャラがぶれるんですの!」
「もう素で良くない?」
というか素の方が好みなんだよな。完全に主観だが。
業腹らしいドリルは、頬を膨らませて腕を組み黙る。そしてポツリと呟くように言った。
「……貴族としてあるためには自分を偽らねばならないのですわ。そうでなければ私は……あの野蛮人と一緒に……」
暗い顔をしてドリルは俯いた。
だがドリルの言葉は俺にとって腑に落ちなかった。
「あのさ、そもそもお前の言う貴族ってなんなの?」
「そ、それは清く正しい清廉潔白を意味するような──」
「それって──レインとステラに言えんの?」
「グハァッ!!!」
ドリルは胸を押さえて踞った。
流石のドリルもあいつらには思うところがあったらしい。
「それは──禁句ですわ……っ」
「言えよ。思ったより品の無いポンコツだって」
「グハァッッッ!!!」
「ちなみにお前も含めてだがな。多分一番の常識人は確実にセリカだぞ。本当に性格破綻者が多くて困るわ」
「お前に言われたくねーですわ! 破綻者筆頭!」
「やったぜ、リーダーだ」
「無敵ですの!?」
ポジティブシンキングの俺に何を言おうと無駄だぜ。全て自分の都合の良い事象に置き換えるからな。
「……このAクラスで爵位だの何だと考えるのはさ、やめようぜ。肩肘張らなくても良いだろ。──ここにいる奴らは、誰もお前のことを馬鹿にしない……ごめん、俺はするけど」
「台無しですわ!!! ……というか何でそれを……」
「いや、ルスペル家って言ったら一つしかないだろ? そんな中でお前はお前の道に進んだんだ」
「……それでも、私は私が私であるために下の者を許容するわけにはいきませんわ」
「だがな。お前の目指す『上』ってのは、『下』を差別するのか?」
「──ッッ」
ドリルは唇を噛み締めた。
握った拳はぷるぷる震え、怒り、苦しみ、葛藤。全てが合い混ざった表情で沈黙を保った。
「私は──」
ドリルは小さく語り始めた。
幼少の頃、馬鹿にされたと。『家』の色眼鏡で陰口を叩かれ、それから唯一自分を馬鹿にしなかった上級貴族を心酔するようになったと。
野蛮な家の者が嫌いで、反抗心として髪型や口調を変えたと。
意外だった。
ここまでドリルが俺に話したことも、ドリルの心が強かったの理由が、弱い心を奮い立たせて強く在ろうとしたからであること。
でも、少々頭が固すぎるんじゃないか?
「ふんっ!」
「あいたっ! ちょ、なにするんですの!」
俺はドリルの額に指を弾いた。
「過去に囚われすぎだろ。気に入らない奴がいればぶん殴ってでも陰口を止めさせればいいだろ」
「それは貴方だけですわ! 私は野蛮人になるわけにはいかないんです!」
「それが頭固いんだよ。良いか? 野蛮人ってのは、粗野で教養が無い奴を指す総称だ。でも、お前は? 教養があるだろ? 大概人を小馬鹿にして陰口を叩くような奴らは教養が無いんだ。だから、そいつらをぶっ叩いたところで野蛮人になるわけでもないし、実力行使に出なくても頭を使って口で黙らせれば良い」
「……屁理屈ですわ」
ニヤニヤと話す俺を見る目は段々と呆れに変わっていった。ドリルはため息を吐くが、俺の言ってることが暴論、極論だとしても心の持ちようは間違っていない。
「──本当は悔しかったんだろ?」
「……っ。そうですわ。何もできない自分に嫌気が差して! それでも変われず貴方に負けた自分が情けなくて悔しい!」
「じゃあ変われよ。今なら間に合うぜ?」
ドリルは泣き腫らした目を俺に向けた。
「別に爵位差別を今すぐ止めろってんじゃない。染み付いた価値観と心の底にある過去は纏わりつく。ただ、知ってみないか? お前の知っている『下』が本当に正しくないのか」
「それを貴方が教えてくれるんですの?」
俺はすがり付くような目をしたドリルを鼻で笑った。
「やだよ、面倒臭い。知りたいことを知りたい時はな──自分で探しにいくもんだよ」
「ふふ……それもそうですわね」
小さく笑ったドリルの顔は晴々としていた。
だが、その笑みは一瞬で、すんっと真顔に変わった。
「それはそれとして。お前が
「ははっ!! やっぱお前、好きだわ!」
「急に何を言い出すんですのーーー!!!」
真っ赤にしながら拳を握り駆け出したドリルに俺は笑った。嫌いじゃない、嫌いじゃない。
今ならお前と友達になれる気がする。
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ドレリア・ルスペル編第一章が終了しました。
ステラが霞むほどキャラが強いドリルですが、Aクラスは掘り下げればもっとキャラが強くなりますのでご安心を。
ちなみにこの作品のコンセプトとですが、
主人公が主人公しないで、ヒロインがヒロインしないで、お嬢様がお嬢様しないで、王子が王子しないでツンデレがツンデレしないで教師が教師しない、
というコンセプトになっておりますわ!
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