第11話

【ドレリア・ルスペル視点】


 ハマりましたわ。    

 わたくしはエスペラントが泥に足を取られているのを見て勝利を確信しました。

 あとはチクチク後方から優雅に! 岩石砲ロックショットを飛ばしていれば勝てますわ!


 ようやく勝てますわ……あの忌々しい……寒門貴族出身のお猿に!





☆☆☆



 『常在戦場』。

 私、ルスペル家の家訓であり私が最も嫌悪している言葉ですわ。

 私の周りは誰もが戦いを好み、常に眼をギラギラさせながら喧嘩を売る野蛮人だらけです。  

 戦闘貴族、脳筋貴族と揶揄される毎日を送りながらも、私は抵抗し続けました。


 お嬢様のような髪型と口調。

 憧れから始めたこの行為は、思いの外私に合っていたようで、当初感じていた違和感はすぐに消えました。

 物語のような立ち居振舞いを心掛けていましたから、当然憧れというのは創作の中の出来事になります。


 そうですわね、私も淑女ですから──ピンチの時に手を差し伸べてくれる心優しき王子様を望んだこともあります。

   

 それはさておき。


 ……確かに家に抵抗していたとは言え、何も最初から爵位差別をしていたわけではありません。

 決定的な出来事は幼少期、貴族の集まるパーティーに出向いていた時です。


 唯一私の憧れを理解してくれた優しい祖父に連れられて交流に励んだ私ですが、侯爵家以下貴族は、私に一切近づくことなく指を指してヒソヒソと悪口を話すのです。   

 しかし、私より上の爵位である方々は、そんな私を否定することなく迎え入れてくれました。


 その時から、私は下級貴族を嫌いになり、上級貴族を心酔するようになりました。


 野蛮で、それでいて狡い。

 

 ──それでも、





☆☆☆



 ──貴族云々関係無しにこいつは嫌いですわ!


 

 ユウ・エスペラント。

 私を馬鹿にしておきながら見下すことは一度も無かった奇特な人間ですわ。寒門貴族でありながら悲観しているわけでもなく、冒険者になりたいだの騒いでいる野蛮人。 


 気に食わない。何もかも気に食わない。


 だからこそ。

 私はエスペラントに勝ち、私が私であることを証明してやるんですわ!

 

 

 


「【索敵サーチ】! 【岩石砲】! 【岩石砲】!」


 サーチで捉えたエスペラントの魔力反応に向かって岩石砲を撃ちます。姑息ではありませんわ。正統な手段です!


「【土弾アースバレット】!」

  

 硬度のある土くれを散弾させ逃げ場をなくします。これでエスペラントに抵抗できる術はないはずですわ。


「降参するなら今のうちですわよ! 私はエスペラントが気絶してようと撃ち続けますわ! いえ、むしろ嬉々として撃つでしょう! 私のストレス発散のためにぜひ気絶していてくださいまし!」


 今までの仕打ちはトイチで返してもらいますわ! やられたら二度と立てなくなるまでやり返せ。祖父のモットーですわね。私も好きです。


「むっ、返事がないですわね。本当に気絶しましたの?」


 砂嵐で視覚を用いて判断することができませんが、確かにエスペラントの魔力反応は未だ健在です。しかし、あの野蛮人なら嬉々として私の挑発にも応じるでしょうに。


 少し疑問は残りますが私は、確認するべく魔力反応の元に一歩踏み出したその瞬間ですわ。


「ばーか。魔力反応はダミーだよ。【粘液ビスカスリクウィッド】!!」 

「なっ……!! ……きゃあっ!!」


 あの人を小馬鹿にするようなエスペラントの声に振り向いた瞬間、ベタベタした仄かに暖かい液体が体全体に付着しました。


「き、気持ち悪いですわ!」


 ヌルヌルぬめる液体。

 まさかエスペラントは私への悪戯のためにこんなものを……っ!?

 その考えに行き着くと、私は頭にカァと血が昇っていくのを感じました。


「馬鹿にするのも大概に──」


 声を張り上げようとしたその刹那、私の索敵がゾッとする膨大な魔力反応を捉えました。

 この魔力は──


「──エスペラントッッ!!!」

「残念終わりだ。──【大嵐テンペスト】」


 とてつもない暴風が吹き荒れますわ。    

 私の起こした砂嵐は一瞬のうちに吹き飛び、泥沼も嵐に巻き込まれ上空に打ち上げられます。


「こ、こんな嵐! 馬鹿の一つ覚えみたいに私の妨害をしたところで無駄ですわ!!」

     

 開始直後のウィンドよりも強い風ですが、私の鉄の体幹なら耐えられないほどでもありません。

 すぐに魔法式を発動させるべく────



「はえ……」


 呆けた声が口から漏れました。


 ──杖がちゅるんとすっぽ抜けましたわ。


「まさか……」


 あの液体はこれを狙って……っ!?


「卑怯ですわ!!」

「お前に言われたくねえ!」


 ニヤニヤ笑うエスペラントに抗議しますが堪えた様子はありません。

 

「形勢逆転だな」

「くっ……」


 私は杖が無ければ魔法式を書くことができません。つまり、杖の無い私は、ただのか弱くて優しく品位溢れる美しいお嬢様でしかないのですわ。

 ……なにか? ただの事実ですわ。


わたくしは負けるわけにはいかねーんですわ! お前をぶち殺して私の存在を証明してやるんですわ!!」

「品性と一緒に知性も失ったのかお前は」


 野蛮人は黙ってくださいまし。


「さーて、降参をオススメするぜ?」

「冗談じゃないですわ!」


 絶対に負けられない戦いはあるのです。  

 例えば、自信の誇りを賭けて全力を尽くす戦い────それは今ですわ!!


「しゃらくさいですわ!!!!!!!」


 私はそれなりに高いドレスの裾を破り捨て、拳を握り駆け出しますわ。

 杖が無いなら──拳で戦えばいいのですわ!


「はっ、ははは!!! お前戦い方がお嬢様の“それ”じゃねぇだろ!」


 なんで嬉しそうなんですの!?





☆☆☆



 修羅と見間違える程覚悟の決まった表情でドリルが走り出す。 

 まさかここに来て肉弾戦とは流石の俺も面を食らった。


「少し舐めてたな」


 認めよう。ドリルは強い。

 実力も心の在り方も。

 お前は俺のことが嫌いかもしれないが、俺はお前のことが嫌いじゃない。


 弧を描く口元を気にせずに、俺は向かい撃つべく拳を握る。ここでドリルの気持ちに報いないでどうする。やるべきことはただ一つ。


 正面から、全力だ。



「ただ俺の言う全力は違うんだよなぁ! 【粘液ビスカスリクウィッド】!」


 ドリルから俺までの距離を粘液で埋め尽くす。

 当然、粘性の高めた粘液は──


「ぎゃふん!」


 ──よく滑る。

 

 転んで頭を打ち付けたドリルは、特異な叫び声をあげて沈黙した。よし、勝った。


「ぐっはっは!!!!!!!! 俺の勝ちだ!」 


「「「うわぁ……」」」


 外野がうるさいけどきっと気のせいだな! うん!




 

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