第10話
勝敗は、『降参』『戦闘不能』の2つだ。
確かに命の軽い世界ではあるがクラスメートを殺害するほど落ちぶれていないし、そこまで恨みもない。
戦闘不能程度で済ませてやろう。奢りではない、事実だ。
別に俺は自分のことを世界最強だ、とか過ぎた自信を持ち合わせているわけではない。が、客観的に見ても俺が負ける道理はない。
まあ、ドリルが何らかの奥の手を持っていた場合は別だけど。
「それじゃあ、位置について」
審判はミラ先生が請け負ってくれることになった。
俺たちは練習場の中に設置された結界の中に足を進め、互いに10mほど離れた場所で向かい合う。
相変わらずドリルは自信満々だが、その瞳に侮りや見下しは無く、むしろ警戒している様子で半身ほどある木の杖を構えている。自信はあるけど油断しないってことね。そりゃ重畳。
対する俺は無手で、ドリルの一挙手一投足も見逃さぬよう目を開いて開始を待つ。
「────始めっ!」
何気に声を張り上げたミラ先生を見るのは初めてだ。
その裂帛とした合図に、俺たちの手はほぼ同時に動いた。
互いに魔法式を空中に描き、幾何学模様が魔力を帯びる。
「【
最初に魔法を発動させたのはドリルだった。
魔法式から現れた魔力を纏う岩の塊が高速で飛来する。
「【
ヒュンと飛来してきた岩を、俺は風魔法で射線をずらして回避する。そして、第二撃をすぐさま放つ。
「【
風が吹き荒れる。初級も初級の魔法だが、魔法式に注ぐ魔力が増えれば増えるほど、それは指向性を持った強烈な暴風へと変化する。
「くっ、魔法式が書けませんわ……」
ドリルは表情を苦渋に染めた。
俺がやったことは単なる妨害だ。初めに油断なく結界魔法をかけていれば風の影響は少ないはずだが、それをドリルは怠ったのだ。
「でも! 私は負けませんわ!」
「口だけでは何とでも言える。証明してみせろ!」
「ぐぬぬぬ……ろ、【ロックウォール】!」
「へぇ」
ドリルは風に耐えながら魔法を発動させ、目の前に岩の壁が築かれた。恐らくその隙に結界魔法を発動させているだろう。
俺はドリルの根性と機転に内心舌を巻く。あの風で魔法式を書くのか、大した体幹だな。
すると、築かれた岩の壁の隙間を縫って岩の砲撃が俺に襲いかかってきた。
「これ以上の風は無意味か。【
「まずはあの壁を。【
──ぶち壊す!!
放たれた轟轟と燃える無数の火球は、吸い込まれるように壁に当たり、粉々に砕いた。
「うっ……。貴方、風魔法が得意なんじゃありませんの!?」
砕いた岩の破片がドリルを切り裂いた。
苦悶を上げながらもドリルの瞳の自信は消えていなかった。まだ何かあるな。
「俺は一度も風魔法が得意とは言っていないぜ」
ニヒルに笑いながら魔法を発動させようとすると、ドリルが俺よりも早く発動準備を終えた。
「【
足元に現れた砂に気を取られていると、砂は突如として泥沼へと変化した。
「足が取られるな……」
魔力が籠っているのもあって、通常の泥よりも粘性が強く抜けにくい。それに吹き荒れる砂のせいで視界が狭まる。
なるほど、単純ゆえに強力。
ハメ手だな。そういうの嫌いじゃないぜ。
「だが──ハメ手にはハメ手で返さねぇとな」
クズの所業には一家言ある俺の反撃をとくと見るがいい。
☆☆☆
「うわぁ……ルスペルさんもなかなかキツイ手札を切ってくるね……」
結界外で観戦していたレインは、吹き荒れる砂と足元に広がる泥沼を見て呆れ、あるいは感嘆した。
有効な手であるが、少しは小狡いと思っているからこそオブラートに包んでいるが、内心では『ユウと同等な思考かな?』と判断している。温厚な性格であるレインだが、この短時間でクズと関わりを持ったことで思考に変化が訪れていた。
とは言えユウはレインにとって大事な友である。
「ユウ……大丈夫かな」
それゆえ内心ハラハラと行く先を見守っていた。その姿は、まるで恋人の帰りを待ちながらも心配する彼女のようである。ユウにメスと言われるのも仕方ないのである。
一方、無表情ながらにじっと決闘を見ていた本物の恋人(自称)のステラは、怜悧な青色の双眸をすっと細めてレインを見た。
その視線に気づいたレインは、初めて見るステラの圧の篭る瞳に慄きつつ訊いた。
「えーと、どうしたのかな、グラキエースさん」
「ユウは……絶対負けない」
その言葉には無気力なステラから放たれたのは思えない程に力が込められていた。
(そっか……、婚約者だもんね。パートナーに絶大な信頼を置いてる。いつも無表情だから分からなかったけど、確かに絆はあるんだ)
レインは優しげに笑った。
「だって、一度も外道な手を使っていないから」
ステラは妖しげに嗤った。
「あ、そういうこと!? 婚約者としての認識、それでいいの!?」
確かに信頼は信頼である。
見当違いなことを考えていたレインは驚愕を浮かべつつ納得した。
(クズと付き合えるグラキエースさんもそれなりに『あれ』なのかな)
なかなか辛辣だった。
そして、ユウ・エスペラントという男はどんな形であれ、決して信頼を裏切らないのである。
☆☆☆
「ぐっはっは!!!!!!!! 俺の勝ちだ!」
「「「うわぁ……」」」
五分後に立っていたのはユウであったが、届いた視線は称賛ではなく非難であった。
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