第8話

「あ、おはよう」

「レインか、おはよ」


 やけに豪華絢爛な馬車が停まってるな、と思ったら中からレインが出てきて納得した。

 王族ならこんなもんか。


 俺は歩きだというのに。まあ、逆に馬車で登校する方が嫌なんだけど。


「今日から授業だね。ユウは楽しみにしてることとかある?」

「そうだなぁ、やっぱり魔法基礎論だな。独学じゃあ限界があるし、しっかり理論の証明をしておきたかったんだよ」

「成る程ねぇ……。僕は薬学かな」

「薬学……? そりゃどうしてまた」


 レインは再び遠い目をして薄く笑った。


「こんな見た目だからね……贈り物にたまに媚薬が混ざってるんだ……」

「あっ……。マジかよ、それでか」

「うん、毒殺の危険もあるし習っておきたいんだ。正しい対処法も含めてね」


 自分の命を守るため、か。

 レインは大変そうだな。それ相応の立ち位置にいるからこその責任とか重圧がある。

 おいそれと適当に頑張れ、なんて俺みたいな立場の人間じゃあ言えない励ましだ。

 せめて俺は優しくポンポンと肩を叩くと、レインは小さく笑った。

 相変わらず男に見えない。流石メス。


「なんか寒気と嫌な予感がしたよ……」

「気のせい気のせい」


 勘の良いメスは嫌いじゃないぜ。


 いや、そろそろ不敬罪で処されそうだな、俺。





☆☆☆



 クラスの雰囲気は最悪である。

 気にしていないのはステラくらいじゃないか。


 若干一名メス堕ち事件で事態を把握していないお馬鹿がいるけど、それは論外。

 ノックスはツンと机に肘を突いて黙ってるし、ドリルは1分ごとに「ふんっ」と鼻を鳴らしながらそっぽを向いている。


「ねえねえ、なんでこんなに雰囲気悪いの?」

「能天気お気楽メス堕ち王子は黙れ」

「ふぇ!? 僕なんかした!? ねぇ!!」


 ガクガク俺を揺さぶるレインだが、聴いていなかったお前が悪い。


「レイン王子は女の子なの……?」

お前ステラはお前でずれてるんだよ」

「ぐはっ……」

「レインは慣れろ」


 ポツリとステラが溢した疑問はレインに大きなダメージを与えた。何回このやり取り繰り返すつもりだ!!


「ん?」


 すると視線を感じてバッ! と振り向くと、慌てたように前を向いたノックスの姿が見えた。

 ……なんだ? また品性の無い会話してんな、こいつらって思われた?


 ……しまった、このクラス唯一の常識人である赤毛ちゃんを敵に回すのは良くないか!


「悪いノックス、うるさかったか?」

「……別に。あと家名で呼ばれるの嫌いだからやめて」

「じゃあ、セリカ?」

「……っ。それでいい。言っておくけど名前呼んだだけで仲良くなれたとか思わないでよね」


 そう言うなりセリカはぷいっとそっぽを向いた。

 なんだろう、このムズムズした感じ。

 俺の勘が言葉を額面通りに受け取ることを拒否している。……気のせいか。



☆☆☆



「それじゃあ、非常に面倒で気疲れするしやりたくないんだけど、私以外に適任がいないらしいから魔法基礎論をやるよ」


 ならやるなよ、と言いたいが習いたいこっちの身からすれば有難いことだから黙っておく。


「やりたくないの? なら──むぐっ」


 ステラが余計なことを口走りそうな気配がしたため、慌てて手で口を塞いだ。


「あ、先生どうぞ」

「? 授業中にイチャイチャするのはやめてね」

「誰がするか!!」

「もごもご」

 

 くっ、端から見ればイチャイチャしてるように思うのか……っ!?

 

「何するの。乙女の口を塞ぐなんて変態」


 手を離すと、一応配慮したのか小声で俺を糾問してくる。

 

「誰が好き好んでお前の口を塞ぐかよ。余計なこと言いそうだったから黙らせただけだ。お前やりたくないならやらなきゃ良い、っと言おうとしただろ?」

「……以心伝心。いえい」

「う、うぜぇ……。そ、それはともかくあの先生にやらなきゃ良いなんて言ったら本当にやらないからやめろ」


 無表情で無い胸を張るステラ。それでどや顔のつもりなのか知らないが、全く表情変わってねぇよ。

 

「むぅ、ユウが言うなら分かった」

    

 なんで渋々なんだよ……。

 そんな俺たちを余所に授業は進む。


「魔法基礎論。まず、魔法を発動させるために必要なことは? 説明が面倒だからルスペル、答えて」

「教師が説明を放棄するってどういうことですの……。まあ良いですわ。魔法に必要なものは触媒と魔法式、そして魔力ですわ。触媒を糧に魔法式を起こし、魔力を注ぎ込む。正しい手順と正しい魔力量の調節が鍵を握ると習いましたわ」

「うん、正解」


 ふふんっ、とステラとは違う豊かな胸を張ってドリルは答えた。

 その答えに満足したミラ先生は頷き続けた。


「その触媒は主に魔力を持った杖とか魔獣から取れる魔石が使われるね。希に触媒いらずで魔法式を起こせる人もいるけど……グラキエースとエスペラントとか」

「はぁぁ!? グラキエース様は知っていましたが、エスペラントもですの!?」


 ドリルはすっとんきょうな悲鳴を上げた。

 信じられないと言うように俺の顔を不躾にジロジロと見る。

 失礼な。俺を落ちこぼれみたいに言うんじゃないよ。これでも入試成績二位……くっそ主席ぃ!


「ユウだから当然」

「なんでグラキエースさんが誇らしげなんだい……?」


 ホントだよ。


「続けるよ。喧嘩は後にして。

 ……ルーン文字と凍結言語の両方を組み合わせて出来る魔法式。例えば『F灯A溜B円』これは火球ファイアーボールの魔法式。このように組み合わせることで効力を発揮するけど、これはまだ研究途中だから、分からないことが多い。熟達した魔術師はオリジナルの魔法式を使った魔法を使用することが多いけど、それは二年生くらいからかな。はぁ、疲れる」

「後は門外不出の一族が作り上げた魔法式もありますわ」

「補足助かる。そう、大抵貴族は一個くらいオリジナル魔法式を作り上げて継承してる。他人から魔法式を起こすところは見えないからね。誰かが教えない限りバレない」


 生徒に補足してもらう授業ってなんだろう。

 ちなみに俺もオリジナル魔法式は幾つか持ってる。ルーン文字はともかく凍結言語は粗方理解してるし、複雑でない魔法式なら作ることもそう難しくはない。


「ふふっ、僕は魅了耐性魔法を開発するんだ……」


 隣で濁った瞳をしたメスがぶつぶつ呟いていたが、藪を自分から突く趣味はない。無視しよう。


「まあ、そんなわけでこの一年の最終課題は、オリジナル魔法式を作ること。どんなに簡単なものでも役に立たなくても構わない」

「魔法式を……」


 何やらセリカが青い顔をして俯いているが、何かあったのだろうか。

 難しくないことだと思うけど。



 それからある程度の説明を終えたミラ先生は、ぐでっと教卓に体を預けて「10分経ったら第三練習室にしゅーごー」と気の抜ける指示をしたきり眼を閉じた。


 次は実技か。 



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