第6話

「それじゃあ、みんな仲良くなったところで」


 どこを見てそう思った?


「授業のカリキュラムについて説明する。面倒だけど」

 

 ミラ先生はどこからか取り出した用紙を配り始める。  

 行き渡った用紙を見ると、1日の時間割と各行事の概要が示されていた。


「魔法基礎論、座学と実践に分けて教えるけど実践は自習が多いよ。自分で気づくことが魔法の真髄だからね。これが必ず週に三回、三時間くらい入る」


 魔法基礎論。

 数多の実力者が集うこの学園で得られることは多そうだ。座学は面倒なのでパス……できないですか、はい。


「次に薬学。魔獣に効果的な毒を配合したり回復薬の調合をする。ミスったら結構危険だから慎重に行うように」


 その魔獣を倒す専門職が冒険者である!

 まあ、他にもダンジョンという魔素溜まりで出来た特殊建造物の探索とかもやるんだけど。

 回復薬は冒険者にとって必須だし学んで損はない。


「次に体術と剣術のどっちか。これは選択だね。どっちを学んでも損はないよ。物騒な世の中だからね」


 ちなみに俺は独学で剣術を習得している。魔法の使えない冒険者は剣一本で戦ってるし、剣は冒険者の花形なんて言葉もある。

 なら俺は……体術だな。一応習ってはいるけどまだまだ甘いし。


「最後にこれが一番大事」


 突如ミラ先生の纏う気配が変わった。

 気だるげそうな雰囲気は消え去り、濁っていた瞳には強い圧が混ざる。


 そんな気配に俺たちは生唾を飲み込んでいた。

 魔法学園の教師は誰もが超一流であり、死線を幾つも潜り抜けている選りすぐりの強者だ。

 このめんどくさがりやなミラ先生ですらそうなのだ。


 いったいどんな授業なのか。

 汗が伝うのを無視して俺はミラ先生の言葉を待つ。


 するとゆっくりとその口が開いた。


「最後の授業……それは────道徳。みんな人間性がそれなりに欠けてるみたいだから、一緒に先生と常識を学んで人間性を取り戻そう」

「「「「いや、あんただけには言われたくない!!」」」」


 このAクラスが初めて纏まった瞬間だった。ちなみにステラは除く。

 



☆☆☆



「いやいや、酷い目にあったよ。みんな僕の扱いおかしくない?」


 ようやくメス堕ちの言葉から立ち直ったレインが泣き腫らした目のまま俺に文句を言った。

 

 今は下校の時間で、教室内には俺とレイン以外誰もいない。


「まあ、身分関係なく接してくれていると思えば良いんじゃないか?」

「ふむ、確かに!」

「ちょっろ」

「ユウ……?」

「や、何でもない」


 レインにジロリと睨まれた。

 俺はペロッと舌を出しながら誤魔化したが効果はないだろう。


「……それより僕はグラキエースさんと君の関係性が気になるんだけどなぁ。薄々察してるけどさ」

「……まあ、どうせバレるから良いか。許嫁だよ、許嫁。俺は反対してるけどな!」


 腕を組みながら愚痴を吐くと、レインはパチパチと目を瞬かせて「へぇ」と驚いた。


「本当にそうなんだ。グラキエース家の当主は娘好きって聞いてたから驚きだよ」

「……まあ、娘好きって範疇を超えてると思うが」


 最初の頃は当時三歳だった俺を、娘に触れたというだけで斬り殺そうとしたくらいだ。あれは娘好きじゃなくて娘狂いだ。

 なぜか一時期から俺にも優しくなったのだが謎だ。


「あはは……僕も噂はよく聞くよ」


 レインは苦笑した。

 あの親父さんのやってることは結構広く伝わってるらしい。


「とりあえず俺は結婚したくないから、ステラに婚約破棄してくれって頼んだんだけど」

「それは……随分思い切ったことをしたね」


 ユウらしい、と苦笑しながらレインは言った。

 確かに、婚約破棄されると貴族から馬鹿にされるし、婚約破棄という傷のついた俺は二度と婚約の打診が送られることはない。

 だが俺には関係の無い話だ。


「別に家から出るつもりだったし、婚約破棄されようと痛くも痒くもない」

「あぁ、冒険者になりたいんだっけ?」

「そ。昔からの俺の夢だよ」

「……良いね、羨ましいよ。僕は王子だから……第三王子だしいざとなったら無視するけどね!」


 レインは一瞬暗い表情で下を向いたが、すぐに快活に笑う。その一瞬は、まさにレインの心の闇を垣間見た気分だ。

 

 俺は責任のない言葉は余り発することはない。ドリルに対しての口答えも、俺の信念を貫いただけで、変に突っ掛かったわけでも苛立ちの末の発言でもない。


 でも俺は、初めてこの学校で出来た友だちに少しばかりのエールを贈りたかった。

 

「……ユウ?」


 突然肩を掴んだ俺にレインは訝しんだ。

 

「お前が卒業する時に、真に自由に生きたいなら。俺の冒険者パーティに加わることを許してやっても良いんだぜ?」


 ニヤリと、できる限り自分を大きく見せるように俺は言った。

 この言葉に嘘はない。でも、責任はない。  

 

 しかし、レインは笑ってくれた。


「その時は──頼むよ」


 だから俺も笑うのだ。


「おう、任せとけ」

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