第5話

 俺は直ぐ様ステラに真意を聞きたかったのだが、残念ながら時間切れだった。

 始業の時間が迫ったのを感じて俺たちは教室に戻る。

 教室に戻ると、好奇な目線が一つ二つ三つ……って全員だな、うん。

 ただ前述の通り時間切れだったので誰も話しかけてくることはなかった。


 そうこうしてる間に、ガラッとドアが開き青色の長い髪を揺らしながらローブを纏う気だるげそうな風体の女性がノロノロと歩いてきた。


「はぁ……どーも、あんたらの担任のミラ・テネブラ。よろしく。めんどっ」

「思っても口に出すなよ……」

「それユウが言うの?」


 確かに。


「てきとーに自己紹介でもして。入試成績順とか」


 言うなりミラ先生は椅子に座って虚空を見始めた。癖の強い先生だな。


 入試成績順か。

 指し示すようにすくっと、いの一番にステラが立って言った。


「ステラ・グラキエース」


 そして座った。

 あれ、終わり? 情報量少なすぎない?


 次はお前だと言うように俺を見つめるステラに、俺は渋々立ち上がった。


「えー、ユウ・エスペラント。夢は冒険者になること、以上」


 しーん。

 分かっていたさ、ステラの反応で。

 若干の悲しみを堪えていると、躊躇いがちにだが右隣の我が親友から控えめな拍手が送られた。


「おォ!! 我が親友よ、信じてたぞ!!」

「いやぁ、親友だなんて……」


 ちょろレイン……じゃなくて、レインは恥ずかしそうに頬を染めて後頭部を掻いた。

 俺はそんなレインの仕草にもっと囃し立てようとしたが、それは叶わなかった。


「エスペラント、君が話すと話が進まないから一回黙って」


 そんな担任からの説教有難い言葉を頂いたからだ。

 ちっ、従うしかあるまい。


 渋々座ると、次に立ったのは例の常識人こと赤毛ちゃんだった。

 ステラとタメを張れる無表情具合だが、あいつと比べると少しの人間度合いが見出だせる。

 目鼻立ちの整った美人で、サバサバした性格はポニーテールとマッチしている。



「セリカ・ノックス。あたしはあんたたちみたいに──」


 彼女は一人ずつ指を指し始めた。


「メス堕ちした王子」とレイン。

「牙の抜けた恋愛脳」とステラ。

「品性の無いドリル」と金髪ドリル。

「善の欠けた圧倒的クズ」と俺。


「────遊びに来てるわけじゃないから」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 バンッ! と机を叩いて立ち上がったのは金髪ドリルだった。

 特徴的な髪を大きく揺らしながら顔を真っ赤にして赤毛ちゃんことノックスに突っ掛かる。


「ちょ、品性の無いとは何ですの!? 伯爵ごときがこのわたくしに対して失礼ですわ!!」

「なに? 事実を言ったまでだけど。クズに同調するわけじゃないけど、爵位で差別するあんたに貴族としての品性はあるの?」


 ノックスはジロリと金髪ドリルを睨むと捲し立てた。圧倒的正論である。

 ん? なんか俺まで巻き込みを食らった気がするんだが……まあ、良いか。


「エスペラント! 貴方は良いんですの!?」

「ん? クズであることを否定したことはないぞ? 事実だからな! はははっ!」

「くっ……レイン王子! ……はダメそうですわね」


 悔しげに顔を歪めたドリルは、俺の右隣にいるレインに視線を向けたが、しくしくと「メス堕ち……僕はメス……」と泣いているレインを見て全てを察したようだ。

 強く生きろよレイン。心の雨はいつか止むのさ……ふっ。


「グラキエース様……はいつも通りですわ……」


 ステラはこの騒ぎを気にも止めずに無表情で前を見ていた。その目にはいったい何が映っているのか。俺がステラの内心を察する日は確実に来ないであろうことだけは分かる。


 さて、周りを見渡したドリルは、自分の仲間が一人もいないことを確認して呆然とした表情で、


「誰も仲間がいないですわ……」


 と嘆いた。憐れなり。


 だから俺は優しく声をかけた。


「ドリル……早く自己紹介しろよ」

「鬼ですの!? って、誰がドリルですか!!」

「じゃあ名乗れよ」


 まあ、名簿見てるから知ってるんだけどな!

 爵位差別の激しい選民思想の輩に優しく振る舞うつもりはないぜ。くけけ。


「……ドレリア・ルスペルですわ」

「結局あんたドリルじゃん」

「ぐぅぅ……」


 ノックスの厳しいツッコミに、ドリルは胸を押さえて踞り「これだから名乗りたくなかったんですわ……」と呟いた。


「や、別にドリルを蔑称で使ってるわけじゃないぞ? 愛称だよ、愛称」

「そんな風には聞こえませんわ!!!」

「それはお前の心が狭いだけだ。俺だって爵位差別の発言が無きゃ普通に呼んでたさ」


 ドリルは一瞬気圧されたように黙った。

 知らぬ間に俺の語気が荒くなったらしい。

 

「……ですが、爵位というのは身分を表す上で大切な指標ですわ。確かに少しは馬鹿にしたかもしれませんが、一番低い爵位の貴方が言うのは僻みにしか聞こえませんわ」

「うーん、身分に囚われて自分の生き方を狭めてる方が俺はおかしいと思うんだよ」 

「それは単に貴方に貴族としての誇りが無いだけですわ!」


 確かに。

 それは言えてる。


 俺はどのように返答するか迷ったが、直後放たれたミラ先生の言葉に遮られた。


「そこそこ、現段階の貴族の縮図で争うのやめて。面倒。喧嘩、大いに結構。でもやるなら私の目の前でやらないで」


 とことんめんどくさがりやだな!

 だが堂々巡りなのも事実だ。一つ頷いて座った俺を見て、ドリルも腰を下ろした。


 ドリルとは犬猿の仲になりそうだな。

 仲良くなんてなれるわけがないだろう。


 俺は小さくため息を吐いて右隣の様子を見た。

 爵位としては一番上の立場であるレインは、今の争いをどう見たのだろうか。

 様々な位が入り交じるAクラスで話すにはデリカシーの欠けた言い方だった、と後悔しながら隣を見ると──


「メス……メス堕ち……」

「お前まだ悩んでたの!?」


 ────しくしく泣くレインがいた。


 



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