第4話

「とりあえず教室入ろっか?」


 その一言でようやく踏ん切りのついた俺は、意を決して扉を開く。


「…………うわ、気まず」

「思っても口に出すのは良くないと思うんだ」


 教室内は異様な沈黙で満たされていた。

 それには思わず俺の口が勝手に動き出す。

 呆れた目でレインに注意されたがまあ、良いだろう。


 教室内は広い。机の数が少ないのもあって、余計に空間が広く感じる。

 教室には3人ほどの女性が座っていた。


「Aクラスって俺以外全員女かよ」

「いや、待って僕は違うから」

「うるせぇ黙ってろ」

「酷い!?」


 隣でしくしく喚く王子を余所にグルリと見渡すと、金髪ドリルの見るからにお嬢様然とした女が、大きな胸をぶるりと揺らしながら目を釣り上げて俺を睨んだ。


「……なんですの? 貴方は栄えある魔法学園で男女差別的考えを持つのですか? ……ふぅ、やはり男爵家ともなると野蛮な男性が多いのですね」

「思いっきり爵位で差別してんじゃねぇかドリル」

「誰がドリルですの!? あんな野蛮な魔法と一緒にしないでちょうだい!」


 えー、俺あれ好きなんだけど。

 というか、あのドリルは確か……侯爵家の長女か。やべ、敬語使ってねぇ……けど王子にため口で話してるし今さらか!

 俺は開き直った。


「つーか、野蛮野蛮うるせぇな。誰が野蛮だ、張り倒すぞ」

「野蛮ですわ!?」

「ユウはもう少し慎みを覚えない……?」

「クソ食らえ」

「うわぁ……即答……。今更だけど僕の初めての友達がこんな人で大丈夫だったかな……」

「付かず離れないゾ」

「うわぁ……うわぁ……」


 レインは若干の慈しみを瞳に含ませながらも、残念なものを見る目付きで俺を見た。 

 更には金髪ドリルも『こいつやべぇ』と言わんばかりの表情で俺を睨み付けていた。


「そんなに情欲の籠った瞳で見ないでくれよ、照れるじゃねぇか」

「見てないですわ!!! くっ、この! この!」


 端正な顔立ちは真っ赤に染めながら金髪ドリルは怒りを顕にする。

 すると、扉の前で会った赤毛の女子がため息をつきながら言った。


「ハァ……。喧嘩するのは自由だけど、品性の問われる応酬を目の前で繰り広げられるのは気分が悪い」

「あっ、すみません……この金髪ドリルが」

「私じゃないですわ!!」

「良いから早く座れよ、迷惑だろ」

「キィィ!!」


 俺がいち早く席に着けば、金髪ドリルは文句を言いながらも渋々腰を下ろした。赤毛ちゃんの言葉は軽く堪えたみたいだ。

 俺も言い過ぎたな、反省反省。


「久しぶり」


 俺が座ると、左隣から聞き覚えるのある抑揚のない平淡な声が聞こえた。

 

「……ステラか」

「そう、貴方のステラ」

「は?」


 普段飛び出さないであろうワードがステラの口から発せられて、思わず二度見するがいつも通り無表情のままだ。


「お前なに言ってるの?」

「私は貴方と結婚する。だから貴方のモノ」

「スゥーーーーーー……」


 俺は手で顔を覆って天を仰いだ。

 そして何か話そうとするステラの手を掴んで教室の外まで連れ出した。

 途中で『駆け落ち?』とか馬鹿なことを言ってたから、とりあえず頭を叩いておいた。


 時間にまだ余裕があることを確認した俺は、ステラを問い詰める。


「おい! どういうことだよ! 結婚するとか、なんだとか」

「あれ、まだ婚約のこと伝わってない?」


 ステラはこてんと無表情のまま首をかしげた。


「それは伝わってるけど……え、なにお前俺と結婚するつもりなの?」

「それ以外何があるの?」

「じゃあ、代表挨拶の時のやつは?」

「……あれは思わず」 

「ちょっと待って、ちょっと待って」


 俺は表情を見られないようにステラから顔を剃らす。

 ちょ、どういうこと? 代表挨拶のやらかしはただ単にこいつの天然ボケが炸裂しただけ?

 ……いや、だが結婚する気があるなら説得するまでだ。内心に嫌がってるに違いないのだから。


「頼みがあるんだが……お前から婚約破棄してくれない?」

「嫌」

「そこをなん「嫌」」


 有無を言わさぬ即答だった。

 それに面を食らいつつ、俺は自慢の脳を回転させた。


「……理由はなんだ。お前だって婚約なんて嫌だろ? それに俺は冒険者になりたいんだ。結婚なんて……ましてや公爵家との婚姻はしがらみを産むだろ」

「私たちの結婚は利に値する。それを私は理解している。ユウは大人しく従って私と結婚して甘々新婚生活を送れば良い」

「なんで具体的なんだよ」

「それに最低限の貴族の義務さえ果たせば自由。冒険者でも何でもすれば良い」 

「なに……?」

 

 それは聞き捨てならない。

 公爵家に婿入りして自由とはどういうことだ。

 貴族は雁字搦めの糸が張り巡らされているようなものだ。ましてや高位の貴族ともなれば『糸』という名のしがらみが複雑になるのは道理。

 自由なんて箱庭での虚構でしか味わうことができない。


 俺は何らかの陰謀を疑いつつ、その最低限の義務とやらの内容を聞くことにした。


「ちなみにその義務ってなんだ?」

「子を残すこと」

「はい、お疲れさまでした! 解散! ……そもそもお前と結婚が嫌なんだよ!!! 俺のこと嫌いだろ!? それに俺は恋愛結婚がしたいんだよ! 物語みたいな恋愛とか味わってみたい!」

「ユウは随分とロマンチスト。でも恋愛結婚……うん、分かった」


 ステラは無表情を少しだけ崩して思案した。

 流石にお前との結婚が嫌、と言うのは傷ついたのか。や、そんな胆じゃないだろ。

 

 そうして思案を止めたステラは、うん、と頷いた。

 よかった、婚約破棄を受け入れてくれたよう──




「卒業までに私がユウを惚れさせれば良い。そうしたら恋愛結婚になる。もし、ユウが惚れなかったら……婚約破棄してあげる」


 ……え?

 …………え?


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!??」 


 非常に珍しいステラの笑顔にも俺は反応できないほど狼狽した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る