第13話 本音
相変わらず天竜くんからメッセージは来ないし川崎さん達とも気まずくなってしまった。
こんなことなら周りと接触しないでアイドルファンをやっていたほうが良かったのかな。
いやだ、アイドルを逃げ場にしている……。
自分でファンをやめたのにこんな後ろ向きな気持ちでファンに戻るなんて失礼なことだ。第一すでに気持ちがないのに。今の私はとてもダサい。
胡桃から連絡が来た。確か前回も竹田事件があった時に連絡が来た。
私が辛い時にそばにいてくれる存在。捨てる神あれば拾う神ありとはこのことだろうか。
胡桃とはカフェで会った。気分転換になって良かった。最近外出していないことに気づいた。
ここのカフェにはよく来ていた。たくさんの種類のコーヒーがあるけれども、オリジナルコーヒーが一番美味しい。
以前はメニューの一番上から順番にコーヒーを飲んでみようとしたけれども途中でやめた。オリジナルのほうが美味しい、が続いたから。
私はオリジナルコーヒーを注文し、胡桃はロイヤルミルクティを注文した。
私は久々の外出で少しテンションが上がっていた。メニューをまだ見ていて、期間限定フード【季節のワッフル・栗】も頼もうかなどうしようかなぁなどと愉しい迷い方をしていた。それに胡桃が乗ってこなかった、胡桃は微妙な表情をしていた。珍しい。
「朝美、天竜くんのこともしかして好き?」
胡桃は言いにくそうに言葉を述べた。どうしたんだろういきなり。好きだと言うのも恥ずかしいし胡桃のこの聞き方……もしかして胡桃も天竜くんが好きなのかな?
だったらなおさら言えない。隠し通さねばならぬと思った。私は笑顔で否定した。
「え? 好きじゃないよ、バンドが見てみたいだけだって」
「朝美、本当のこと言ってよ……」
胡桃は泣きそうだった。嘘はつけない、本能でそう思った。
幼なじみでよく遊んでたくさんの時間を過ごした胡桃が泣くなんて、胡桃が失恋した時だけだったから。
「天竜くん、恋人いるよ」
胡桃が絞り出すように言った。一瞬何を言われたのか分からなかった。私の表情と、コメントを発しないことでお互いに察した。
「こないだ同級生と会ったら朝美が最近つきあい悪いって言ってた。クラス会も行かなかったんだってね。もしかして誰かのために予定を空けていたのかなって。誰かなって考えたら、やっぱり天竜くんだと思った。イベントで会った時、その場でSNSをフォローするなんて今までの朝美じゃ考えられなかったもん。でもそのくらい積極的になっている朝美を見て嬉しかったの。言ってくれたら協力出来たかもしれないのに。なんで隠そうとしたの?」
もう嘘はつけない。胡桃は本音で私に接している。私も本音で応えなくてはいけない。
「胡桃の聞き方……胡桃ももしかして天竜くんのことが好きなのかと思って」
「朝美、変なところで頭が回るんだから」
胡桃は半分怒っているような笑っているような顔だった。
天竜くんに恋人がいる。その事実は私にショックを与えた。傷ついてはいない、多分。
私は傷つくほど何かをしたわけではなかった。そのことがさらにショックだった。ショックと傷は何が違うのだろうか。
どうして何もしていないのに天竜くんからメッセージが来ると思っていたのだろうか。
どうして私は何もしていないのに天竜くんと愉しい時間を過ごせると思っていたのだろうか。
冷静になった今、自分の恐ろしい勘違いに気づく。
ただの思い込み、勘違い。何も生まれない。
私は妄想の中で天竜くんに告白されていた。その時どういう振る舞いがいいだろうかと考えていた。すぐにOKするとなんだか薄っぺらい感じがして、数秒置いたあとに「私も……」などと言ったら嬉しさが倍増するだろうか、なんて考えていた。
私の恋愛はいつもこんな感じだった。
協力出来たかもしれないのに。それは私にとって衝撃の台詞だった。
恋愛に協力、合コンの時の前田さんと川崎さんのチームプレイを思い出す。
私は二人を、あんなにわざとらしいことをして恥ずかしくないのかと少し下に見ていた。
しかし違った。自分を自分たちを良く見せるために協力する。それを妄想だけではなく実行してもいいと判断する理解力と勇気。
彼女たちは私の何十倍も優れている人間だった。それに私が彼女たちを下に見ていたことを彼女たちは気づいていたのだ。何も知らないのは私だけだった。
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