第14話 私の幸せ


「私は恋愛体質で朝美は頭の中で勝手に完結しちゃう、ちょうどよくならないね」


 胡桃は寂しそうに呟く。本当にそうだ。

 胡桃に打ち明けて協力してもらったらどんな結果になっていただろう。

 もっと早く天竜くんに恋人がいることを知ってもっと早く諦めることが出来たのだろうか。

 来ることのないメッセージを待ち続けた、待つだけの無駄な時間が発生しなかったのだろうか。

 それとも私が無駄なことをしている間に恋人が出来たのだろうか。それだったら悔いが残る。そこは聞かないでおいた。もう、聞いてどうにかなることではない。

 

 胡桃がいたら天竜くんと過ごす時間と場所を作ってくれたかもしれない。

 けれどもいきなり二人で会うことは出来ないので多分胡桃を含めた合コンみたいな状況になっただろうか。

 そこで胡桃のミュールと自分のスニーカーを比べていただろうか。協力してくれる胡桃に嫉妬していたかもしれない。結局同じなのだろうか。


 全部が「もしも」だった。これが頭の中で完結している状態なんだと今胡桃に言われたばかりじゃないか。

 私はぬるくなったコーヒーを飲んだ。ぬるさをごまかすようにミルクを注いだ。気休めだとは分かっていても。


「胡桃、幸せの象徴で思い浮かべるものは?」


「結婚と好きな人の子どもかな。憧れるなぁ」


 胡桃は自信満々に答えた。胡桃らしい素直な答えに安心する。


「朝美は?」


「私は……分からない。幸せ自体、どういうものなのか分からないの。でも気に入った人、天竜くんと美術館とか行きたいって思ってた。多分それは幸せな気分になると思う。考えただけで胸が高まっていたもん。実は、天竜くんからメッセージ来ないかなってずっと待っていたの」


「待っていただけ?」


 私はうん、と頷く。胡桃は驚きと呆れた表情をした。嘘がつけない性格なのだ。

 天竜くんと会ってから二ヶ月近く経っている。その間待っているだけだなんて、なんて不毛だと思っているだろう。胡桃だったら出会ったその日にすぐにメールをする人間だから。


「朝美、気になる人が出来たら次は絶対教えてね」


 胡桃は真剣な顔で言った。嬉しかった。胡桃はロイヤルミルクティを飲んで「ぬるい」と言った。



 天竜くんからのメッセージを待たなくていいのでなんだかすっきりした。

 熱中する趣味も気になる男もいないのでとりあえず目の前の仕事に集中することにした。

 気のせいか以前よりはかどる気がする。前はスマホを確認したくて時間ばっかり気にしていたので仕事時間がひどく長く感じられた。

 いつもは戸惑う書類作成がすんなり終わった。仕事に集中すると、こんなにも時間の経過する感覚が違うのか。

 

 いつも通りの事務所に、レジチーフが慌てた様子で駆け込んできた。何事だろう、お局様がじろりとレジチーフを一瞥した。

 レジの人が発注を間違えて計画の三倍の数の商品が納入されてしまったらしい。

 間違えた商品はお菓子だった。ドラッグストアでお菓子はあくまで「ついで」の商品だった。チラシ商品でもないのに三倍の数を売り切るのはなかなか大変だ。在庫スペースも限られている。


「誰か処理出来る人はいる?」


 お局様がいつも通りの高い声で言う。私はちょうど前の仕事が一区切りついていたので手を挙げた。


「私、やります」


「じゃあ頼むわね」


 お局様は一言だけ私に告げた。

 怒っているわけではない。「あなたなら出来るから任せるわね」そういう意味だった。


 何年か前に同じ事例を経験したことがある。他の店舗に商品を回す処理をする。

 うちのドラッグストアは県内の各市に一店舗以上はあるので多分なんとかなるだろう。


 売り上げの良い店舗は快く引き受けてくれるがそうじゃない店舗もある。

 ちょっと大きいサイズのお菓子だったのも難点だった。そこを何とか、と粘ってみる。

 電話で直接交渉する。余計な仕事をさせるなと不快感を隠さない人もいた。普段からもっと積極的に他店舗の人とコンタクトをとっていたらもう少しスムーズに解決出来たのかもしれないと思った。どこにでもツケは現れる。

 断られた店舗もあったけれどもなんとか目標の数をさばけた。達成感があった。

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