第12話 「自分なりの、幸せの象徴って何?」
しばらくすると、裏切られた気持ちが芽生えた。
いや、天竜くんは裏切ってはいない。私が勝手に期待しているだけ。分かっている。
私の想いが足りないのかもしれない。もっと想像してみよう。
天竜くんとデートの想像をした。待ち合わせから想像してみる。
デートは水族館にしよう。私が水族館に行きたいと言ったら天竜くんは「じゃあ行こう」と言ってくれた。
天竜くんは私の家の近くまで迎えに来てくれて、そこから天竜くんの車で水族館に行った。水族館は子どもの頃以来行った記憶がない。ドラマで見る水族館は海の中にいるような景色だった。きっとあんな感じなのだろう。
海の中、少し幻想的で少し怖い。見たこともない不思議な魚がたくさん泳いでいる。薄暗い館内で知らない魚を見て愉しむ。
天竜くんに触れたい。私から手を繋ぐのは恥ずかしい。けれども勇気をだして天竜くんの手に触れる。天竜くんは少し驚いて、照れたように笑って私の手を握り返す。
水族館の記憶が薄い。これ以上想像出来なかった。美術館のほうが想像しやすいだろう。プラネタリウムも雰囲気が良さそうだ。天竜くんとはこんな風に文化的な催しを愉しめると思った。
そんな妄想をしたあと、鳴らないスマホ画面を見るのはとても虚しかった。
今日も念じる。鳴れ! 鳴れ! 鳴った! メルマガだった。
望みなんて叶わない、私は悟った。けれども諦め切れなかった。
天竜くんからいつお誘いが来てもいいように休日は予定を空けておくことにした。
こんな時に限ってクラス会や久しぶりの友達から連絡が来る。全て断り続けた。
そのうち誰からも連絡が来なくなった。
天竜くんからのメッセージだけを待って毎日を過ごす。メッセージは一向に届かない。遊ぶ人もいなくなり会うのは会社の人だけだった。
〇
ある日の仕事場で、在庫確認のためバックヤードに行く。前田さんと川崎さんが話をしていた。私に気づくと川崎さんはしかめっ面をし、前田さんは笑顔で話しかけてきた。
「伊東さん、合コン行かない?」
前田さんの隣で川崎さんが首を小さく横に振っている。視線で前田さんにアピールしているつもりだろうか、私にもろにバレているのに。こいつは誘うなと。
そういえば合コンのあと、この二人と話していない。挨拶は交わしたけれども。
私に対して良い感情を持っていないのか、そもそもただのヘルプメンバーだった私は蚊帳の外か。
「あ……私はいいや。前回愉しくなかったし」
私は遠慮気味にそう言った。私なりに気を遣ったつもりだった。それなのに川崎さんの怒声が聞こえた。
「なんなの伊東さん! みんなが愉しく過ごそうとしているのに一人だけ偉そうに。あなたが可哀想だから誘ってあげてるのよ前田は」
「やめなよ……」
川崎さんは本気で怒っていて、前田さんはかなり困っていた。
私が可哀想……? 意味が分からなかった。
私が何も言わないので、川崎さんもそれ以上発言しなかった。けれど何か言いたそうな顔はしていた。
「行こうか……」
前田さんが弱々しく言い、川崎さんをどこかへ連れて行った。
私の何が、可哀想なの……?
合コンの日を思い出す。あれは飲み始めて少しした頃。そんなにお酒も回っていなくて、でも最初のテンションが保たれていた。
「自分なりの、幸せの象徴って何?」
そんな質問があった。誰がした質問かは覚えていない。
前田さんと川崎さんは結婚とか好きな人の子どもとか花嫁姿とか答えていた。メンズは食卓の湯気とかゲームを自由にやれる時間などと答えていた。
私は? 瞬時に出てこなかった。
アイドル? それは卒業したのだった。私が答えに詰まっていると前田さんが「幸せになりたーい」と可愛く叫んだ。
あの時は助かったが、私には幸せの定義が分からなかった。
昔からそうだ。分からないので幸せ、という単語に違和感を持っていた。
前田さんだけではない。「幸せになりたい」と口にする彼女たちは「幸せ」が何かを知っている。けれども私は知らない。だから差があるのか。
彼女たちの幸せはまず恋人、そして結婚、子ども、家族と設計図があるのだ。
未来が見えているのだ。だから最初の恋人にたどり着くために出会いのチャンスを逃さない行動をとっている。不本意ながら私のような者でも頭数を揃えるために誘うという合コンのルールに従っていたり。本能的なものだろう。
その知識と技は、いつどのように身につけたのだろう。
どうして私には、その技が身につかなかったのか。ううん、私は何が幸せなのか、それにすら辿り着かなかったんだ。どの技が必要かなんて分かるはずがなかった。
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