第11話 天竜くん
胡桃が誘ったイベントはパーティ系イベントだった。
場所はライブハウスだったので最初はバンドのライブかと思った。
少し前までアイドルファンをしていた私からしたら「知らないバンドを見て愉しいのかな?」と不安になったのかな。
そのイベントは主にDJが曲を流して、地下アイドルが一組出て、バンドが一組演奏すると言っていた。
DJという単語が一瞬、竹田を思い出した。
胡桃にDJの曲をBGMにして気楽にお喋りしようと言われた。気楽に、と言われて少し楽になった。
昔から知っている胡桃の前で頑張っています感を出すのも嫌なのでいつものファッションで行くことにした。
赤やオレンジのチェック柄のワンピースを着て行った。
胡桃は白地のノースリーブのワンピースを着ていた。ワンピースが被ったけれどもスカート丈が私はロングで胡桃はミニだった。こないだの合コンみたいだ。
会場に到着したらお客は数人いた。胡桃について行きカウンターでドリンク券とドリンクを引き換えた。プラスチックのカップにたくさんの氷と薄いお酒が入っていた。氷代が結構かかるんじゃないかと思った。
胡桃と二人でカウンターに座った。何人かが胡桃に挨拶に来る、そのうちの何人かに紹介された。
一度に紹介されるので、前の人の名前を忘れていく。向こうも「胡桃の友達」くらいにしか覚えていないだろう。そんな中、名前も顔も忘れられない人が現れた。
「
胡桃が他の人と同じように紹介した。
「清水です、みんな天竜って呼んでるんで天竜って呼んでください」
天竜くんは涼し気な目元で細身の体型をしていた。ほぼ無表情なんだけれども悪い印象は受けない。
特別イケメンってわけじゃないんだけれども妙に見てしまう。
胡桃と天竜くんが少し談笑しているところに私も入って行った。バンドに興味があるような感じで。胡桃は少し驚いた様子だったけれども私の介入を歓迎し、三人で談笑した。
「SNSフォローしてもいいですか?」
私は天竜くんに向かって、どこかで誰かが使っていた台詞を使った。
確か嫌な女が使っていた台詞だ。わざとらしいなぁと思い、軽蔑気味に聞いた記憶がある。しかしこの聞き方に駄目だと言う人はほぼいないだろう。上手い台詞を考えたものだ。
安っぽくてもいい、今が潤滑に回ればいいと思った。その嫌な女も、こんな気持ちだったのだろうか。自分が軽蔑していた女と同じレベルになることは、なんとも思わなかった。
天竜くんの目の前でスマホを出し、「このアカウントですか?」と言いその場でフォローした。ただし、天竜くん個人ではなく、天竜くんのバンドのアカウントだった。バンドに興味がある体なので仕方がなかった。
「天竜くんのバンドのライブ見てみたいので、ライブがある時にメッセージで連絡してもいいですか」
またもや断れるはずもない台詞を言う。これは暗に「メッセージを送るために私のアカウントもフォローしてくれ」と同義語だった。
このSNSはお互いにフォローしないとメッセージ機能は使えない。何から何まで、嫌な女の手段を使っている。
胡桃はどう思っているだろう。今はそんなことを考えている場合じゃない。これを逃したらきっともう、天竜くんと繋がる機会はない。
「はい、よろしくです。じゃあ自分もフォローしますんで」
天竜くんはその場で私のアカウントをフォローした。バンドのアカウントで。
「朝美、珍しいね。天竜くんのこと気に入ったの?」
天竜くんが去り二人になった途端、胡桃が嬉しそうに聞いてくる。
多分一目惚れだと思う。しかしそう言うのも気恥ずかしいのでそれは言わないことにした。
「気に入った、のかなぁ? 印象は良いと思ったよ。あと単純にバンドを見てみたいと思った。ほら私、アイドルファンやめてから熱中するものないし」
ごまかしが七割ほど入った言い訳だった。胡桃はそれ以上つっこんでこなかった。
〇
それからは天竜くんのことばかり考えている。
天竜くんからメッセージ来ないかなぁ、毎日そう思っている。
お風呂の後、家事をした後、仕事が終わった後。スマホを見るのが愉しみだった。
天竜くんからのメッセージは表示されない。何日経っても表示されない。
鳴れ! 鳴れ! スマホ、鳴れ! 私仕事頑張るから。電話が鳴ったら受話器たくさん取るから。仕事を頑張るときっとご褒美が待っている気がした。
仕事で改善提案書を三枚も提出した。
毎朝ブローもしているし爪の手入れもしている。髪と爪を綺麗にすると恋を呼び込むと何かに書いていた。だからきっと天竜くんからのメッセージが来るはず。
想いと思考が幸運を引き寄せるって何かに書いていた。願えば叶うって。
休憩時間は真っ先にスマホを見た。毎回、メッセージは来ていない。
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