第8話 コーヒーとバー
事務職は土日休みになっている。昨日の合コンメンバーには本日出勤の人もいる。
元気だなぁと思う。お酒を飲んだ次の日に仕事なんて、私には信じられない。
昨日の合コンは一次会で帰った。一番最初に帰ったので二次会に行ったかまでは知らない。
私が帰ると言うと前田さんは「えーもう?」と定型句のように言っていた。後半メンズとだけ絡んでいたこの人にとって私の存在意義な何なのだろうか。面倒なのですぐに帰った。
今朝は遅く起きた。お酒を飲んだ次の日はいくら寝ても頭がすっきりしない。
寝起きにミネラルウォーターを飲んで少しだけさっぱりした。
インスタントコーヒーの粉をいつもより少なめに入れる。
一口チョコを食べながらパソコンでSNSをチェックする。毎朝のルーティーン。
合コンに行ったとはさすがに書けないので黙っておこうと思ったが、フォロワーの呟きが「飲みすぎた」とか「恋人と美味しいディナー」などと愉しそうな書き込みが多かった。
私は対抗するように「お酒の次の日はアメリカン」などと書き込んでしまった。
アメリカンは軽い口当たりというイメージだけれども浅煎りのことだと誰かに言われたことを思い出した。知っている、私が今飲んでいるのはただ薄く淹れたインスタントコーヒーだった。
昨日の帰りにスーパーでちょっと良いジャムを買った。一回使いきりのバターも買った。
昨夜男と連絡先を交換して無意識に「女子力」を上げようと思ったのだろうか。
今朝は焼いたパンにジャムとバターを塗ることに決めている。食パンは一斤八十九円の一番安いやつだった。
昼すぎに竹田から連絡が来た。ちょっとイケた朝食にしておいて良かった。
〇
竹田と会うことになった。
私に合わせて土日にする、しかし竹田の時間が空いているのは夜だけというので土曜の夜にした。しかも次の土曜。
服を買いたかったが時間がない。自分の持ち服トップ三に入る一張羅を着て行った。
万が一アイドルと会った時のために一応買っておいた服だ。私なりにメンズ受けを意識した服だった。シフォン素材のブラウスに光沢のある幅広のパンツにした。スカートだと気合いが入っていると思われそうなので避けた。
先日の合コンのあと、自分が働いているドラッグストアで口紅を買った。練習の必要があるので、仕事終わりに帰宅してから口紅を塗っていた。
その口紅をいつも(練習)より多めに滑らせてみたが、キメていると思われたくないのでいつもより多めにティッシュオフをした。
靴は、こんな服を着た時のために買っておいたパンプスにした。下駄箱の中に放置されていたのでほこりを拭った。非常に歩きづらい。
アイシャドウは、どのブラウンパレットを買ったらいいか分からないので買わなかった。代わりにアイライナーとマスカラをいつもの倍は使った。
竹田が指定した店は飲み屋街にあるイタリアン系の居酒屋だった。
少し前にオープンして気になっていた店だったのでこっそりテンションが上がる。
店の外観も内装もオシャレだったし料理も美味しかった。デザートまで食べて満足した頃、竹田が行きつけだというバーへ移動した。
そのバーは飲み屋街のさらに奥にあった。バーを目指して竹田と歩く。涼しい夜だった。
土曜夜の飲み屋街はこんなに賑わっているのか。
酔っ払った集団がかたまって盛り上がっている。若いカップルが嬉しそうに歩いている。男同士のグループ、女同士のグループが心底愉しそうに笑っている。
私と竹田は、どう見えるのだろう。二人でいるのだから、カップルに見えるのだろうか。
竹田は赤い派手な柄のシャツを着ていた。ドレッドヘアと竹田のファッションは違和感がないように見えた。竹田の隣にいるのが私だというのが唯一の違和感かもしれない。
喧騒の間をすり抜けて、バーが入っているビルへ着いた。
黒い高級感のあるドアを開けて中へ入る。
バーに来るのは誰かの結婚式の二次会以来だったかな。
あの時は新郎が元ホストで、新郎友人にもホストが何人かいてノリが良すぎるほどだった。大学生のコンパかと思うほどだった。
しばらくしたら新郎友人たちがゲームを始めた。
氷口移しゲームという、当時テレビで見た気がするゲームだった。
男女ペアになり、二人ともコップを持つ。男のコップには大きい氷が入っている。
この氷を口移しで女に渡し、女がコップに入れる。それを再び男に口移しで渡す。
最終的に男のコップに氷が戻ってきたのが早いチームが勝ちというルールだった。
当時合コンで流行っていたのかもしれない。
ゲームの参加者は司会者に選ばれた。どうやら仲良くなっていた男女を選んでいたようだ。
キューピッド役のつもりだったのかもしれないが、新郎友人の男は既婚者だったとあとで聞いた。
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