第9話 演技

 ゲームの最中、私は見ているだけだったが、新郎友人の盛り上がりはすごかった。 

 ホストクラブってこんな感じなのかなと、少し経験値が増えた気がした。


 新婦友人の麻里江まりえちゃん(可愛い)と話をしたい男が行列を作って待っていた。こんな漫画みたいなことが起きるのかと、少し驚いた。


 私と友達は端のほうで「バーのお酒は美味しいね」と言って静かに飲んでいた。

 静かにしている他なかった。友達は「おつまみが少ないね」と言っていた。私と友達は、おつまみをほとんど食べてしまった。


 

 それでもバーに来たのは今日が初めてじゃない。それだけが頼りだったけれども、私は堂々とバーに入った。

 外の騒がしさが嘘のように静かだった。耳をすますと小さな音で音楽が流れていた。

 竹田はバーテンへ挨拶をして、壁側の席へ向かった。私は当然のようにあとをついて行って竹田と同じテーブル席に着いた。

 三人用の席だろうか、竹田は二人は座れるほうの奥の椅子に腰かけ私は向かいの一人用の椅子へ座った。

 竹田が座った奥の席は背中側も壁で、竹田はだらしなくくつろいでいた。私が座った椅子は背もたれがないので楽に出来ない。


「終電大丈夫?」


 注文を終えてすぐに煙草に火を点けた竹田の質問に私は「うん、まだ大丈夫」と答えた。

 竹田はどこを見ているか分からない視線で煙草の煙を吐き出す。


「終電、乗るの?」


 私の目を見て竹田が聞く。瞬時に「は?」という言葉が出た。


「このまま朝まで一緒に過ごさない?」


 煙草を灰皿に置いて、再び私の目を見ながら竹田は言う。

 どきんとした。自分は普段行くことのないバーに行きつけだと言いふらりと立ち寄る竹田。聴いたことのない音楽が流れる薄暗い店内。

 このタイミングで注文の品が運ばれてきた。細長いコップに濃いドリンクが注がれている。居酒屋で出るような薄いカクテルではなかった。厚紙のコースターには店の名前が印字されていた。

 お通しと思われるグラスに入っているポッキーは、いつもスーパーで買っているあのポッキーだろうか。

 着る機会はないと思いながら「いつかのために」買っておいた服。歩きづらいパンプス。全てが非日常だった。

 

 私は竹田の申し出を断った。濃いカクテルを飲む。

 せっかくバーに来たのだからと珍しいカクテルを頼んだ。チョコレートの入ったカクテルだった。甘いのかと思いきや、意外に苦みが強かった。珍しいカクテルだからか、値段も少し高かった。

 竹田は間違いなく美味しいカシスオレンジを頼んでいた。結局誰もが知っているものが一番美味しいのだろうか。それとも美味しいから誰もが知るのだろうか。


 竹田は私を誘い続ける。私は断り続ける。チョコレートのカクテルが苦いのでポッキーを食べる。もっと食べたかったけれども私だけ食べると恥ずかしいので我慢した。竹田が少しいらついているのが分かった。


「いやー、いい加減にして? もったいつけてるの? そういうのいらないから。あんたも男と寝たいんでしょ?」


 竹田がしびれを切らしたか、正直な表情で言った。うんざりした顔をしている。先ほどまでは笑みを含めた真顔だったのに。比べると、明らかに演技をしていたのが分かった。


「こないだの合コンでも確実に浮いてたよ。あんたみたいな冴えない女とここまでつき合ってあげたんだからさ、このあと俺につき合ってくれてもいいんじゃないの」


 私をあんた、と言い、竹田はそのあとも信じられないほど罵詈雑言を浴びせてきた。怒りと呆れで何も言えなかった私だがようやく言葉を絞り出す。


「ほんと、無理だから」


 チェッ、と竹田は舌打ちをした。

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