第7話 合コン

 幹事が自己紹介を促す。しまった、自己紹介コーナーがあるのか。

 合コンのいろはを先日胡桃に聞いておいたが、胡桃は慣れすぎていて上級編のアドバイスばかりだった。もっと初級編を聞いておけばよかった。


「気に入った男がいたらとりあえずノリで、どこかに一緒に行こうと言っておけ」

「貸し借りの約束をしろ」


 胡桃のアドバイスで、この二つが印象的だった。多分そこまで行かないだろう。

 私はみんなに従い、名前と趣味を言った。趣味に関して、アイドルファンはやめたので音楽鑑賞と言っておいた。


「どんなの聴くの?」


 軽薄そうな男から質問があがった。

 面倒なのでハードロックとクラシックとJーPOPとジャズと答えておいた。多分この軽薄そうな男はレゲエを聴くのだと思った。


「すごーい色んなの聴くんだね」


 同僚の女子チームからありきたりな感想があがった。

 凄くはない。音楽を聴くのが趣味ならば色々なジャンルを聴くのは当然だと思っていた。けれどもそんなことを言ったら険悪になるので笑顔で返しておいた。私にもそのくらいは分かる。

 知っている曲の数は、自分より知っている曲が少ない人を攻撃するための数字ではない。


 時間が経つにつれてみんなお酒が回り、当初の席順は適度に入り乱れてきた。

 メンズが気に入った女子を口説きに入っているのか、なかなか席順が変わらなかった。

 ここで確信する、私は場違いなのだ。酒が入っても男が寄ってこない。

 原因はファッションだろうか。川崎さんはカーディガンを脱いでノースリーブになっていた。前田まえださんは短いワンピースの裾を掴んでいた。

 二人とも暑そうな顔をしている。私は一人、涼し気な色の服と表情だった。酔いつぶれてしまわないように加減して飲んでいたからだろう。

 

 手持ち無沙汰になっているのをごまかすようにお酒を飲む。ここでも加減して飲むことを忘れない。

 お酒だけでは酔いの回りが早いので、おつまみも忘れない。

 テーブルの上には揚げ出し豆腐が半分以上残っていた。もう冷めているけれども食べよう。みんなお目当ての人を口説くのに夢中で料理に手をつけていなかった。


「ねぇ俺ってどんな曲聴いてると思う?」


 先ほどの軽薄そうな男が軽薄な笑顔で話しかけてきた。

 一人あぶれている私に同情したのか自分もあぶれたのか。

 しかしこのタイミングではありがたかった。軽薄な男は暑苦しいドレッドヘアを頭のてっぺんで結んでいる。


「レゲエかな」


 話しかけられてちょっと嬉しい感情を隠すために冷静に言った。


「見た目でそう思った?」


 真顔で聞かれて少しびっくりした。私が答えないうちに男は言葉を続けた。


「まーね、レゲエもヒップホップもブルースも民族音楽も聴くよ」


 男は軽く笑顔に戻った。民族音楽という単語が私の興味を引いた。

 民族音楽を聴く人はレベルが高い。それは私の中での勝手な想像だった。何のレベルなのか、的確には言い表せないけれども。あくまでイメージだった。

 もしかしてこの男、意外に当たりなのでは……?

 こっそりそう思った。自分の心の中だけでそう思ったのに誰かにバレているような、気まずいような少し恥ずかしいような気持ちもあった。


 聴いている音楽で男を判断している、そう指摘された気がした。

 以前、「車で男を判断している」と宣言していた女がいたのを思い出した。

 当時は何を言っているのだろうと理解出来なかった。もしかして今の私の気持ちに近いのかもしれない。

 

 アイドルファンだった私は、ルックスにそれほど執着しない。

 アイドルになるほどの美形は、アイドルだからと分かっているから。今目の前にいる男は、十人並みのルックスだろう。悪くもなく、イケメンでもなく。


 男と少し、音楽の話をした。民族音楽に興味がありつつも、実際に聴いたことがない私は何を言ったらいいか分からなかった。お互いに普段聴いている歌手名を挙げたが何一つ被らなかった。

 音楽の話はさほど盛り上がらず、無難な話をした。仕事だとか友達だとか。

 面白いのかつまらないのか分からないけれども、とりあえず会話が繋がるだけマシだと思った。


 しばらくしたら男に促されて連絡先を交換した。男の名前は竹田たけだと言った。


「えーと……名前なんて登録したらいい?」


 竹田が聞いてきた。


「伊東朝美あさみです」


「朝美ちゃんね」


 たぶんここでお互い初めて名前を知った。

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