×月×日

 はみ出したウサギの耳を気にする。何かに気を取られていないと、到底心が持ちそうになかった。駅から徒歩十五分、目的の病院に到着する。とりあえず正面玄関口から入る。県内でもそこそこの規模である総合病院のため、人がかなりいた。僕は幸い病院とは無縁な人生を送っているから居心地が悪いことこの上ない。いや、最近近所の診療所には行ったのだった。お見舞いはどこに行けば良いのだろう。受付のような場所に行く。忙しいときに学生がふらっと来たら迷惑だろうと推測するが、立ち止まっている訳にはいかない。

「すみません。お見舞いに来たのですが」

「面会希望ですか? 部屋番号分かります?」

 受付の中年女性はいたって事務的だった。

「部屋は分からないですが。帯刀栞、十六歳の女性です」

 持ち得る情報を全て出してみた。これで知らないと言われたらお手上げだ。年齢も十六歳で合っている。帯刀の誕生日は九月十七日だった。誰も興味無いと思うけど、僕の誕生日は七月二十六日だ。さっきの情報で充分だったらしい。「三〇二」の部屋番号を言い渡してもらった。道順も教わり、それに沿って進む。歩きながら病院の独特な雰囲気に辟易する僕がいた。無機質な建物の質感、音、照明、匂い。僕からしたら帯刀が閉じ込められている牢獄と同等の物に見えてしまうのだ。

 廊下を数分行くと三〇二号室に着いた。『タテワキ』とネームプレートの貼られた部屋。一人部屋なのか。そこで、はたと迷ってしまった。ノックをして入室すべきか。そもそも病人の部屋に、ご家族の許可を取得済みとは言え、急に入るとは具合が悪くないか。動けないでいると声を掛けられた。悪いことをしている気分になって身構えてしまう。いたのは背の高い大人の女性だった。

「君、もしかして、常磐くん?」

 渡りに舟。昨日電話越しでアポイントメントを取った帯刀のお姉さんの声だ。

「そうです。栞さんのお姉さんですか?」

 その人は笑う。初めて直接会うが、帯刀と顔立ちが、どことなく似ていた。

「まずは、ご心配掛けて申し訳ございません」

 恭しく頭を下げられて戸惑ってしまう。何もお姉さんは悪くない。

「栞は、今のところ大丈夫だから」

「そうですか。……良かった」

 僕は口に出すべきことを考え付かない。

「栞は、あなたが来たいと言ってると伝えたら喜んでいたよ。すぐに合わせる顔が無いと落ち込んでたけど」

 そして作った笑顔には心労の跡が見えた。

「栞に会えるか訊いて来るけどあまり期待しないで。家族と医者以外とは、まだ会っていないの」

 僕は頷く。はなから覚悟はしている。一生無理かもしれないとも。

「あの、その前にこれを。栞さんに渡して欲しくて。ご家族の皆様の分もありますので」

 僕は紙袋を手渡す。お姉さんは受け取ると一旦びっくりしてみせ、笑顔で感謝を示した。

「栞のこと良く知ってる。もし今日は駄目でも諦めずにまた来てね」

「もちろん。栞さんは大切な人なので」

 帯刀がいなくては今の僕は考えられない。それを聞いたお姉さんは軽い表情を浮かべた。ドアの取っ手を横に引く。

「栞は幸せ者ね」

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