悪役令嬢もの。

アルバト@珠城 真

悪役令嬢もの。



 国立貴族学園の卒業パーティー会場に今年卒業を向かえたばかりの青年の声が響き渡り――


「パーテリア公爵家令嬢ジュディ! 貴様の罪をここに断罪す……ッ!!」


 ――その台詞もまぬ間に光速の97.8%に迫る拳が放たれる。


 その初撃を未来予知の権能によって察知した青年、ダンメルス王家第一王子カイ・ダンメルスは自らの三歩後ろに控えていた側近生徒の内1人を念動力によって掴み上げると襲いかかる拳と自らの間に割り込ませその初撃を防ぐ。


 衝突、後に目を焼き尽くすほどの閃光と広がる衝撃波が会場を内側から爆散させる。生き残ったのは卒業生の内、成績優秀者とされたものの2割弱。

 カイ王子の後ろにずらりと並んでいた側近生徒たちも須らくその被害を受け、半数以上が肉片と化した。


 その殆どがカイ王子という甘い汁を啜らんとした落ちこぼれ連中、親の七光りが無ければろくに身を守ることもできない者達だ。

 余波さえも防げぬならこの先の戦いについてくるには足手まとい、逆に死んでせいせいしたとカイ王子は考えた。


「防ぎますか。良いでしょう、聞いてあげます」


 会場をその拳で消し飛ばした目麗しい令嬢、ジュディ・パーテリアが振り抜いた拳を冷やすように宙を彷徨わせながらそう言った。


 カイ王子は生き残りの側近生徒に彼女を包囲するように指で指示を出し、生き残った名だたる大貴族の子息達は逃げ道を塞ぐようにジュディの周りを取り囲む。

 対して彼女はその囲いを形成する者達をその宝石のように輝くアクアマリンの瞳でチラリと一瞥して、その視線を再びカイ王子に向けた。


「卒業記念のパーティー会場に断罪などと恐ろしい言葉を投げかけるなど、カイ様は一体何をお考えなのでしょうか?」

「恐ろしいのは貴様だジュディ嬢。お前の行ったセイラー家が令嬢マリアン嬢への脅迫と嫌がらせの数々、証拠は全て揃っているぞ」

「マリアン嬢? あぁ、貴方の足元で震えている小娘のことですか」


 ジュディは背の高いカイ王子の足元に縋り付くように腕を絡めて震えている黒髪の少女を今更になって知覚した。


 有史以来使われることの無かった平民特待生枠なる制度を利用してこの王立貴族学園に入学してきた羽虫にも劣る脆弱な少女、マリアン・セイラー。

 在学中、その大人しげな見た目とあざとい仕草で男子生徒の寵愛を一身に集めたことで学園の女子グループから弾き出された鼻つまみ者。

 カイ王子の星々の光さえも捻じ曲げる念動力によってその生命を救われた彼女は「なに……なんなのこれ……こんなの知らない……! 知らないわよ……!」と顔を真っ青にして震えていた。


「カイ様。まさかとは思いますが、誑かされたのですか?」

「誑かされた? バカを言うな。俺は真実の愛に目覚め、お前を断罪しこの偽りの関係に決着をつけると誓ったのだ」

「…………」


 これは誑かされているとジュディは確信した。


 一昨年は他国からの留学生、去年は辺境の男爵家令嬢、そして今年は平民の特待生。

 王立貴族学園に入学してからというもののカイ王子は繰り返し誑かされては3月中旬の最終登校日にこうして事件を引き起こす。

 そのたびにカイ王子はジュディが振るう拳に消し飛ばされては保存されている遺伝子情報から再生産されてきた。

 3人目こそは……と願っていたものの、ジュディの願いは今まさに水泡に帰したのだ。


「(全く、何なんですか主人公の権能というものは。はた迷惑極まりない)」


 それは事後調査によって判明したカイ王子を誑かす女子生徒が共通して有していた権能。

 その権能を持つ女子生徒は「身長が高く、スタイルも良い。そして美しい顔立ちを持つ青年」に対する強力無比な魅了能力と、こうして事が起きるまでその権能の存在と自身への不信感・違和感を感じ取らせない隠蔽型の広域精神干渉能力を持ち、更に加えて自らが望まない物理的干渉をシャットアウトする概念防御を備えている。


 3種の異能を混ぜ合わせた伝説等級の権能所持者。

 以前の2人は共通してこの世界を「ゲームの世界である」と認識していた精神異常者であったことから、カイ王子の足元で震えるマリアンもまたその類だろうとジュディは嘆息した。


「しかし3度目ともなると偶然とは思えませんわね。サンプルも3つ揃えばその発生源を特定できるでしょう」


 ジュディは絶対零度まで冷やしきったその腕をぐるりと回した。

 彼女の華奢な細腕には置換されたオリハルコンナノチューブ製人工筋肉繊維が空間圧縮技術を利用して兆の単位で編み込まれている。

 生体筋肉に比べ単位面積当たり約2がい倍の力を発揮できるそれにエネルギーを供給するのはジュディの心臓部に施された第7世代の永久機関だ。

 そして単一分子構造の表皮によって形成される拳はこの世に傷をつけること叶わぬ不壊の神拳。

 それらが合わさり繰り出される一撃は科学技術に裏付けられた暴力の極地である。


 永久機関と人体改造の最先端を行くパーテリア公爵家は法的制限を無視すれば只人を銀河級戦略兵器へと作り変えることも可能。

 ジュディはその恩恵を全身に余すこと無く携えていた。


「確かにパーテリア公爵家は我が銀河王国の発展に大きな貢献をしてくれた。だが、その功績もこれまで。俺が集めたジュディ嬢の悪行三昧の証拠を見た父上も失望の顔を浮かべ婚約破棄の許しを出した。お前との関係もこれまでだ!」


 カイ王子が懐から取り出した空間投影型スクリーンに婚約破棄の文言が記された現ダンメルス国王の勅令が浮かび上がる。

 それを見たジュディは僅かに目を細めた。


 瞳に搭載された網膜スキャナーを通じて得た光学情報が脳内の光量子コンピューターによって処理され、スクリーン上に秘された文字列を浮かび上がらせる。

 その内容はやはりというべきか、3人目のカイ王子を破壊処分しても良いという国王からのメッセージであった。


 見限られたのはジュディではなく、3年連続で虚偽の証拠を揃えそれを真実だと疑わずに広げてみせたカイ王子の方である。

 そしてこんな初歩的な偽装さえもわからないほどに、マリアン嬢の魅了によるカイ王子の知能低下は激しいものなのだろう。

 今頃、2人目の事件を踏まえて精神耐性を重視したと宣った培養担当官は自らの進退に頭を抱えているに違いない。


「もはやこの銀河系に貴様らパーテリア公爵家の居場所は無い!」


 カイ王子が懐から取り出した針無圧力注射器を首筋に当て、充填された蛍光色の液体を注入した。

 薬の巡りと共にカイ王子全身の血管が沸き立ち、瞳の色が反転し、極度の興奮状態へと陥らせる。

 それは脳量子波を超強化すると共に自らに与えられた権能の解釈範囲を広げる暗黒違法ドラッグの使用を示す副作用だ。


「貴様を捕らえ、然る後に一族郎党全てと共に事象の地平線へと追放してくれる! さぁ、断罪の時間だ!」


 カイ王子が天に手を上げ、声高々に宣言する。

 その声に応えるように漆黒の夜空に次々と星の輝きが灯る――否、それはカイ王子の脳量子波通信によって動かされる無人宇宙戦艦50億隻がその主砲を起動させたことによって発生する輝きである。


 銀河系戦略兵器たるジュディ・パーテリアに対抗する唯一無二の手段、50億隻もの宇宙戦艦による集中攻撃。

 単一分子構造が破壊できないならば、それそのものを溶解させれば良い。

 コレを揃えるのに一体幾つの資源惑星を手放したのだろうか? その大盤振る舞いっぷりにさしものジュディも感心した。


 一度発射されてしまえば惑星内に居る限り回避は不可能。

 そして発射されるまでの間にこの惑星を脱出する方法をジュディは持ち得ない。

 故に、それを阻止する唯一の手段は戦艦を操るカイ王子を殺害すること。

 だがそれをさせないためにジュディを取り囲む側近生徒たちがいる。

 加えてカイ王子本人も暗黒違法ドラッグによりその未来予知の権能とサイキッカーとしての念動力を底上げしている。様々な兵器をその身に携えるジュディをして、並大抵のことでは勝利できないだろうという予感があった。


「仕方ありませんね」


 絶望的状況を前にジュディは心を落ち着けるために軽く息を吐き、その胸に埋め込まれた炉心を強く大きく輝かせる。


 例え相手が伝説等級の権能を有していたとしても、婚約者がどこの馬の骨ともわからぬ女に奪われるなど恥も恥。

 誇りあるパーテリア公爵家の令嬢として、その面子に塗られた泥の後始末は自らの手で行わなければならない。


「故に退路などありはしませんし。今回も、拳で解決するとしましょう」

「抜かせガラクタ風情がッ!」

「なんなのよこれ! なんなのよこれェェェ!!」


 令嬢が拳を構え、側近生徒が襲いかかり、王子が断罪を掲げ、愚かな少女が逃避する。


 惑星一つを舞台とした戦いが幕を開ける。

 その戦いの詳細は参戦者の殆どが死亡し、戦場である星そのものが砕け散ってしまったことで闇に包まれる結果となってしまった。


 しかしその勝者だけは明確。

 それは銀河王国の首都惑星、王家直轄の研究施設に収容された泣き叫ぶマリアン・セイラーを見れば誰しもが理解するところであった。



 ~完~




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『あとがき』

悪役令嬢って多分こんな感じだった気がします。

作者にSF知識は殆どないのでそれっぽい雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。

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