冬の嵐への備えのため鹿の追い込み狩猟をしないとな
さて、冬のある日、集落の長であるウパシチりから皆集まるように招集がかかった。
「皆さん、よく集まって下さいました。
炎神(アペフチカムイ)のお告げで、雪神(ウパシカムイ)が暫くの間、大地を覆い尽くすとのことです。
それは5回、日が昇り沈む間続くでしょう」
集落の人間は顔をお互い見合わせてざわついていた。
「5日間も雪が降り続けるだって?
イアンパヌ、最近そんなこと有ったか?」
「いえ、無いと思います」
「そうだよなぁ」
基本縄文時代は温かいので、雪が降っても翌日くらいには止んですぐ雪も溶けてしまうことが多かったからな、それが冬の嵐で雪に連日閉じ込められそうとは……こいつはけっこう大変だぞ。
続けてウパシチリがいう。
「男は可能な限り食料を集めてください。
女子供は乳飲み子の面倒を見ないといけないもの以外は、燃やすための枯れ枝をたくさん集めてください。
なるべく早くお願いします。
私は炎神(アペフチカムイ)に祈りを捧げ、すこしでも雪神(ウパシカムイ)が来るのを遅らせ
去るのを早くしていただくようにします」
俺はウパシチリの言葉に頷いた。
こういう時、自然の声が聞こえるというのはありがたいことだとつくづく思う。
「わかった、みんなで協力して食料を集めよう」
集落の男たちが頷く。
「ああ、落とし穴への鹿の追い込み猟をしよう」
俺は聞き返した。
「ん、落とし穴をすでに掘ってある所がるのか?」
集落の男が答えてくれる。
「ああ、普段はあまり立ち入らない斜面にな」
「そうかそれは助かるな」
「なにせ穴を掘るのは大変だからな」
「ああ、それはそうだな」
基本的に石鍬しかなかったこの時代、大きくて深い穴を掘るのは大変だ。
俺達は早速現場に行ってみる。
「へえ、なかなか本格的だな」
落とし穴の形は上から見た場合が円形だったり楕円形だったり、横に細長い長方形だったり、深さはだいたい1メートルほどかな。
単純な穴では這い上がったりジャンプしたりして逃げられてしまうので、落ちたら上がれない様ないろいろな工夫がされている。
例えば袋状に掘ることで、ウサギなどが一回落ちたらもう這い上がれないようにしたり。
落とし穴の、底にさらにいくつかの小さい穴を掘り、小さい穴に先を尖らせた杭や竹槍をセットして、落ちた動物に刺さるようにしたり。
この場合の本数は落とし穴の形によって違っていて、円形のものではど真ん中に1本、細長い楕円形では複数本セットするようになっているようだ。
逆に長さ2mで幅は50cm程度の細い穴や細めのVの字の穴を掘ることで、前足が落ちてしまったり体が挟み込まれてしまって、身動きがとれなくなるような落とし穴もある。
これは獲物が「落ちやすく、逃げにくい」構造にするために工夫をこらしてあるわけだ。
この場合は同じ形状のものをいくつか連続してして並ぶような配置もさせているようだ。
またシカの狩猟方法の1つとして、シカ笛を使った囮猟と言う方法もある。
雄のシカの鳴き声に似た音を出して、怒った雄シカをおびき寄せるのだが繁殖期である秋でないとダメだ。
だから弓を射る音や木の枝を地面に叩きつけたり振り回したりして、逃げるようにさせて、罠に追い込む。
「よしじゃあ、始めるか」
「ああ、そうしよう」
落とし穴の上に木の枝を渡して、枯れ草や枯れ葉をかけて穴を見えなくする。
後は犬と一緒に勢子(せこ)となって鹿の群れをここに誘導してやればいい。
ならなぜ普段からこういう追い込み狩猟をしないかというと、子供やメスを無差別に狩ることをなるべくしたくないからだ。
弓矢など手持ちの武器で、直接獲物を狙う場合はたしかに猪などを狩るのは危ない。
その点は陥し穴はそうした危険はない。
但し、陥し穴に追い込む方法では、子供やメスは見逃して、成獣や老獣、オスだけを狙い、鹿の数を減らしすぎないように考慮する事ができない。
捕りすぎれば食糧が枯渇することをよく理解していた縄文人のは、可能な限り弓矢での狩猟を優先した。
まあ、今は非常事態なので、ターゲットを選別している余裕はないが。
基本は巻狩と同じで、獲物である鹿の群れを人間と犬で三方向から取り囲み、囲いを縮めながら、落とし穴のある部分に追い込む。
鹿は視覚はあまり良くないが、聴覚と臭覚は鋭いので、風下から近づいていく。
そして……。
「うわーーーーーーーー!」
「うおーーーーーーーーー!」
”わんわん”
大声を出して枝を振り回したり矢をつがえない弓を射たりしながら、犬と一緒に鹿を追い込む。
鹿は群れでいるがリーダーはおらず、それだからこそ家畜化できなかった動物であるが、三方向から人間と犬に追い立てられて、ぴょんぴょんはねて逃げていく。
「よし、追い込む!」
三方向から追い立てられた鹿が、落とし穴のある場所へ入り込むと、何匹かが落とし穴に落ちた。
細長い穴に前足が落ちた鹿は、穴から登れず、杭がある穴に落ちた鹿は杭が刺さってぐったりしている。
なんだかんだで子鹿やメスの鹿も含めて10頭ほどを狩ることができた。
それらを生きてるものはとどめを刺し、みんなで沢に運んで血抜きや冷却をして集落へ持ち帰った。
「おーい、帰ったぞー」
「おかえりなさい、たくさん撮れたようで何よりですね」
いつもの赤ん坊の面倒を見てくれている女性が迎えてくれた。
「ああ、子鹿や雌鹿も狩ってしまったけどな」
「それは……仕方ありませんよ」
やがて、枯れ木などを拾いに行った女子供も背負子をいっぱいにして戻ってきた。
これなら最悪一週間ぐらいは持つだろう。
なんの準備もない状態で大雪に襲われなくてよかったぜ。
鹿の解体を終え、枯れ枝を書く家に運び込んだ頃には、空も曇りやがて大きなボタン雪が降ってきた。
しばらくは家の中に籠もりきりになりそうだが、まあ、ゆっくり過ごすのもいいか。
北海道や東北、北陸、甲信に住んでる縄文人はもっともっと大変なんだしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます