狩りは常に成功するとは限らない

 さて、食料も減ってきたので、俺は狩りに出ることにした。


 寒い冬場は集落で放し飼いにされている縄文犬は、自分の好きな竪穴式住居の中で適当に分かれて過ごしているが、狩りに出るときには彼等の存在なしには、狩りの成功を収めることはできない。


 ちなみに畑に鹿や猪が作物を食べに来ようとしたら、吠えて追っ払う。


 それでも逃げない場合は犬たちだけで狩ってしまうこともある。


 もちろんその場合は鹿や猪は犬のご飯だ。


 放置しているだけのような焼き畑の獣害を防いでくれてるのはワンコたちってわけだ。


「よし、今日もよろしく頼むぞ」


 ”わんわん”


 ワンコたちは寒くても元気に尻尾を振っている。


 もともと狼は温かい草原を追い出されて寒いところに逃げてきた負け種族だったりする。


 人間もゴリラなどにバナナが豊富なジャングルを追い出された負け種族なので、同じ負け種族どうしで気もあうのかもな。


 縄文犬が小さいのは食べる量を可能な限り抑えるためだろう。


 寒い地域では大きい方が本来は蓄熱つまり体温維持に有利で動物は大きくなる傾向が大きいのだが、おそらく縄文犬は可能な限り人間と同じ洞くつで暮らすことで、寒い地域でも体温維持にそこまで気を使わなくても良くなったのではないかな?


 真実は闇の中だが。


「とーしゃんいってらっしゃい」


「おう、いってくるな」


 息子の見送りをうけて俺は意気揚々と林に入る。


 人口密度のうすい縄文時代では鹿や猪はたくさんいる。


 この時代の日本で鹿を狩るような存在は人間と狼くらいだ。


 しかし、狼は人をおそうようなこともそんなにない。


 熊は?と思うかもしれないが月輪熊はほぼ草食なんだ。


 ヒグマも冬眠前と目覚めた直後以外には動物を襲うことはあまりない。


 熊は案外臆病で大きくて反撃してくる人間を基本は警戒しているからな。


 日本のオオカミは100年ほど前に絶滅しているが、それまでは結構身近な存在でも有った。


 そして日本列島ではオオカミがほぼ唯一の捕食者として、氷河期の終わりから現在につながる動物の生態系の頂点にたって、草食動物が増えすぎないように数をコントロールし、自然のバランスを保っていたんだ。


 オオカミは2~10匹で群(パック)をつくり、森林・草原にまたがって3~5平方キロメートル程度の縄張りのなかで、シカ、ウサギなどの中・小動物を餌にして暮らしている。


 狼はヒトとの接触をあまり嫌わない、狙う得物がかぶったりするのもあるんだろう。


 狼が一番最初に人間に慣れて犬になったのもわかるよな。


 気候が不順でシカが激減し、オオカミが食べる餌と人間がかち合ったときは、飢えた狼が危険をおかしてヒトを襲うに至ることもあるが。


 そして山の中に入り、遠くで狼の遠吠えが聞こえる。


 もしかしたら近くで狼のパックが狩りをしているかもしれない。


「こいつは不味いな」


 鹿が人間と狼のどちらをより恐れているかは分からないが、鹿もかなり警戒しているだろう。


「今日は狩れないかもしれんな……」


 まだ、食料がなくなったわけではないがあまりいいことではない。


 いつもならば先に林の中を走り回させるのだが……。


「とりあえず慎重に行こう。

 腹ペコ狼とかち合っても、余計な怪我が増えるだけだ」


 慎重に林に中を進むが鹿の姿が全く見かけられない。


「うーんココらへんから逃げちまったか、しゃーない。

 鴨を狩りに行こう」


 ”わんわん”


 鴨などの水鳥を狩るときには犬は特に役に立たないが、その他の生物に対する警戒に役に立つ。


 今の時期は冬眠してるがマムシとかな。


 多摩川の水辺にいる鴨を飛び立たせて、陸上におちるように二羽ほど弓矢で撃ち落とす。


 犬は落ちた鴨を拾うべく、一斉に走り出す。


 そして、それぞれ落ちた鴨に一番最初に鴨に到着した犬が鴨をくわえて戻ってくる。


「おう、ありがとな」


 ”わんわん”


 なんか誇らしげだな。


 拾ってこれなかった他のやつも落ち込まなくていいぞ。


「鴨が2匹いれば、お前さんたちと俺の家族で分けて食べるに十分だろう。

 じゃ、帰るぞ」


 ”わんわん”


 俺は矢で射落とした鴨の血抜きと冷却作業を冷たい水で行って、それから家に帰った。


「ただいまかえったぞ」


「とーしゃんおかえりなしゃい」


 とてててと息子が駆け寄ってきた。


 鴨を手渡してやる。


「とりしゃんでしゅ」


「おう、これは鴨っていうなまえの鳥だ。

 煮込んでも蒸し焼きにしても焼いても美味いぞ」


「わーい」


 鳥を解体するのに手間がかかるのが毛をむしり取ること。


 お湯につけて毛穴を開かせ、羽をむしりとる。


 毛むしりせずに皮ごと剥いてしまう方法もあるが、鳥の皮は美味しいので勿体無い。


 親指と人指指で深く羽根をつかみ、羽根の生えている方向にザッ!と剥いていく。


 丁寧にやらないと羽根は取れるけれど羽毛が残ったり、棒毛が残ったりするので面倒でも丁寧に抜いていくしか無い。


 鴨の羽は断熱効果に優れるから、赤ん坊の麻の袋の中身を干した海藻から、鴨の羽毛に変えてやろう。


 これでもっと暖かく赤ん坊がねられるはずだ。


 残ったダウンなどを火で炙って燃やしてきれいにする。


 毛を取り終えたら内臓出しを開始。


 鳥をあお向けにして、肛門あたりから胸の骨に当たるまでをナイフで開く。


 腸までナイフが達しないように気をつけに無いと腹の中に糞をぶちまけてしまうので注意しながらな。


 腹を開けたらこの鳥が変な病気や寄生虫などがないか、内臓を見てチェックする。


 病気だったらもったいないが捨てる。


 大丈夫なことを確認したらまず砂肝を引っ張り出す。


 続いて腸や細々とした腸についている臓器を、つぶさないように気をつけて引き出す。


 これらは捨てるが、ワンコは食うかもな。


 少し奥に在る肝臓(レバー)を取り出して、取れたら水の入った土器につける。


 レバーが取れたら心臓(ハツ)を掴んで引っ張り出しこれもボールに入れて血を洗い流す。


 最後に肺を取り出せば内臓は全部だ。


 内臓がきれいに取れたら今度は食べない部分を切り落とす。


 羽は第2関節で切り、足は毛が生えなくなる関節から先を切り落とす。


 首も落とし食道、肛門付近、脂分泌部付近などは切り捨てる。


 これで調理可能な状態に解体できた。


 ここから、もも肉、手羽、ぼんじり、鶏皮、首、ささみ、胸肉、心臓、レバー、砂肝、肺などに分ける。


「よしまずはお前たちのご褒美だな」


 ”わんわん”


 ワンコにもも肉をちびちび切り分けてそれぞれ与える。


 ガツガツ食べてるな、うんうまそうだ。


 俺はガラを土器に入れて煮込み、そこにもも肉なんかを入れていく。


 野菜はネギと生姜があるので其れを入れる。


 皮や内臓はじっくり火で炙って塩を振る。


「んーうまいな」


 ガラと塩と生姜だけのシンプルな味だが美味い。


「本当に美味しいわね」


 イアンパヌもにこにこ顔だ。


「お父さん、これも美味しいよ」


 娘が食ってるのは肺だな。


 俺も食ったが食感はふわふわしたスフレみたいな感じでこの時代ではかなり珍しい食感でうまい。


「ふーふー、はふはふ、美味しいでし」


 息子はレバーを食ってる。


 新鮮だから臭みもなく美味しく食べられるようだ。


「いつもすみません」


 乳母さんは煮えたもも肉とネギを食べてるな。


「いやいや、赤ん坊のお守りは大変だし

 こっちこそいつも済まないぜ」


 そしてあっという間に鴨肉はなくなってしまった。


「明日も狩りに行かないと駄目だな」


 家族4人+いつもの乳母さん1人で5人分+ワンコの取り分だとあっという間に無くなってしまうのはしょうがないだろう。


 明日は鹿か猪を狩れたらいいな。


 やっぱり肉の量がだいぶ違うし。

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