越冬準備のための柴刈

 さて、冬が来る前に、俺達の集落では寝藁に潜って寝るという睡眠のしかたが、みんなにあっという間に広がった。


 其れまでは基本、毛皮や木の板を地面にしいて、地面に熱を奪われるのを防いで毛皮の服の厚着をして寝るしかなかったが、藁に潜って寝ると大分温かいからな。


 穀物が十分に取れるようになってきてよかったぜ。


「ほんと、寝藁のお陰で暖かくなったよな」


「ええ、そうね」


 しかし、藁をずっと地面に敷きっぱなしだと湿気もこもるので、たまに家の外に出して天日で干してやる。


「よし、今日はいい感じに晴れそうだな。

 風も強くないし藁を外に出して干すか」


「ええ、じゃあ、みんなで外に出して干しましょう」


「はーい」


「あーい」


 そうすればまたお日様の匂いに包まれて、寝ることができるようになるってわけだ。


 ちなみにこの藁にくるまって寝るだが、実は明治時代になっても布団が使えたのは庶民の中でも一部で、農村部では藁やもみがらなどで寝る習慣が残っていた。


 下の子供達が使ってる、麻の袋を使った中身が海藻の布団もどきも干してやろう。


「いないいないばぁ」


 ”あー”


 ”きゃははは”


 けたたましく笑っている下の子供達だが、なんだかんだで無事育ってくれてるのは嬉しいぜ。


 なんせこの時代の乳児死亡率は高いからな。


 人類の歴史を通じて、基本的に寝具というのは衣類以上に高価なものだったわけだが、この時代はまだ寒い時期に毛皮を着ることができるだけ大分ましだ。


奈良時代以降は仏教の影響などで殺生禁止とされ、猟師のような一部を職業を除いては、革の衣服を身にまとうことはできなかった。


 ならば何を着ていたかというと、一般庶民は一年中麻の服なわけだ。


 麻は通気性などはいいが、防寒性は低い。


 それで一年中過ごさなくちゃいけなくなったわけだから、そりゃ大変だよな。


 逆に麻の糸がよれる前はほとんど鞣しが十分でない毛皮が衣類の材料だった。


 其れを考えれば両方を季節によって着分けることができる縄文時代というのは決して悪くないと思うぜ。


 さて、寝藁を干すのが終わって俺と息子は林の中に来ている。


 冬の寒さに備えて、俺と息子で柴を多めに拾い集めてる所だ。


 住居の中の炉の炎は唯一の暖房でもあり、調理のための熱源でもあるから大事なんだ。


 この季節に雨に濡れたら結構致命的だから、ちゃんと晴れている日を見計らって出かけるわけだ。


 今はまだ、秋にとれた鮭やドングリ、ジャガイモなどが余ってるので、食料の心配はしないでも大丈夫だろう。


「おーい、大丈夫か」


「あい、だいじょぶでし」


 息子は小さな体に背負子を背負って、柴を載せて歩いている。


 現代だったら児童虐待とか言われそうだが、この時代だとある程度動けるようになったら、親の手伝いをするのが普通だし、縄文の人間はみな真面目だったりする。


 まあ、基本的には個人や家族で自分たちが生きていくのに必要なものを確保する必要があるので、怠けていても他人がなんとかしてくれるわけじゃないんで、真面目に必要なことはやらざるを得ない。


 ニートなんてことはできないわけで、怠け者は下手すると集落から追い出される。


 しかし、病気や怪我などで動けなくなったときはその家族は村全体で面倒を見る。


 大きな怪我をして狩りができなくなった男などは冬の間はみんなで支えあう。


 それは人間だけじゃなく大きな怪我をして狩りができなくなった犬でも変わらない。


「よし、少し休むか」


「あいでし」


 背負子をおろして、枯れ葉を集めてその上に腰を下ろし、水筒の水を飲む。


「ああ、水がうまいな」


「おいしーでし」


 この時代には仕事にノルマもないし、勤務時間もない、タイムカードもない。


 危ないから暗くなる前には集落に帰るから、秋から冬は活動できる時間は短くなるが、灌漑農業の稲作などに比べて、常にやらないといけないという仕事は少い。


 だから、基本的にはのんびりして暮らせるし、その分をやりたいことややれることにも時間を費やせるわけだ、縄文式土器がやたらと装飾過多なのも時間が余ってるせいだからな。


「よし、もうちょっとだけ頑張ろうぜ」


「あい、頑張るでし」


 なんだかんだでタンパク質も十分食べてるし、小さい頃からこうやって採取もしていれば足腰も鍛えられるってわけだ。


 元気に育ってくれて嬉しいぞ。


 やがて、おれの背負子もいっぱいになったし、息子もぼちぼち拾えた。


「よし、太陽も傾いてきたし、暗くなる前に帰るか」


「あい、かえるでし」


 子供と手を繋いで、林の中をあるき、家に帰る。


「ただいまもどったぞ」


「ただいまー」


 イアンパヌたちは夕食を作っていたようだ。


 芋と鮭と海藻の煮物だな。


「ああ、これは温まりそうだ」


「あったかでしー」


「ええ、ちょうど煮えたところですしみんなでいただきましょう」


 土器から石椀に竹の柄杓でよそってみんなで食べる。


「なんだかんだで、二人で藁を入れるの大変だったよー」


 笑いながら娘が言った。


「でも今日は暖かい藁で眠れそうだな」


「ええ、いい匂いですよ」


 炉端で家族揃って談笑しながら食事を終えれば、後は片付けて寝るだけだ。


 双子を海藻の布団に寝かしつけてから寝藁にみんなで潜り込む。


「ああ、いい匂いだな、みんなおやすみ」


「おやすみなさい」


「おやすみなさい」


「おやすみでし」


 また明日も起きればのんびり時は流れていくのだろう。

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