麺料理は縄文時代にはないけどまあ作ってみようじゃないか
さて夏も終わり、秋になって畑の収穫の季節になった。
これからは魚や貝から樹の実や芋、穀物などが主な食材になってくる。
だが、この時代にはそれらの調理法が少い。
例えば麺料理と言えば、現代ではごく普通に食されている馴染みの深い食べ物だ。
ラーメン・蕎麦・うどん・そうめん・ひやむぎ・パスタなどだな。
麺や餅という漢字は本来小麦粉を使った料理そのものを示すので、水団(すいとん)や雲呑(わんたん)、はてには餃子(ぎょうざ)・焼売(しゅうまい)・肉まんようなものも、本来全て麺料理なんだが。
しかし、日本にいわゆる麺料理が伝わったのは奈良時代で、そうめんの原型となるものがこの時代から有ったらしい。
まあどっちかというと、中華の雲呑やえびせんべいのようなものが多かったようで、主に儀式用の供え物、接待用の高級菓子扱いだから、ほとんど食える人間はいなかったようだが。
うどんやきしめんのような太い麺ができたのが鎌倉時代以降、麺料理としての蕎麦が食べられるようになったのは、実は江戸時代以降、麺料理というのは日本では案外歴史の新しい料理なんだな。
そんなわけで本来この時代には存在しないんだが、穀物や堅果の粉を焼いてクッキーにして食べるだけというのももったいないので、麺料理を作ってみようと思う。
俺達家族は焼き畑にいって穀物の収穫をすることにする。
そのために黒曜石のナイフと穂を入れるための籠を持って焼き畑に向かう。
「よし刈り取りを始めるか」
「ええ、始めましょう」
「はい、わかりました」
「わかったー」
ちなみに、縄文時代ではなぜ穀物は主流にならなかったかというかだが、単純に堅果や芋に比べると脱穀の手間が掛かるし、一つ一つでは食べられる量が少なく、この時代では収穫量も安定しないからということだな。
それでも穀物が最終的には主食になったのはまずは単純に味の問題だろう。
要するに穀物特に麦や米は先に栽培されていた芋やバナナなどに比べて美味いのだ。
それと長期保存が可能なことも大きいかもな。
米は煮たり炊いたりして食べるだけで美味いが、麦類の中で熱を加えて調理すると最も美味しくなるのは小麦だ。
なので麦というと基本は小麦を示すことが多いな。
しかし、収穫の安定性で言えば雨量や温度などの気候にあまり左右されない芋や堅果のほうが上で、縄文時代ではそっちのほうが主食だったのは言うまでもないな。
現代において世界で栽培されている穀物の原産地はほぼ決まっている。
中国北部、中国南部から東南アジア、中央アジア、近東、アフリカ、中央アメリカ、南アメリカだ。
中国北部は粟、稗、黍、大豆、小豆など。
中国南部から東南アジアは米、蕎麦、ハトムギなど。
中央アジアはソラマメ、ヒヨコマメ、レンズマメなどの豆類など。
近東では小麦、大麦、ライ麦、燕麦と言った麦類など。
アフリカは唐黍(もろこし)、四国稗(しこくびえ)、トウジンビエなど。
中央アメリカではトウモロコシなど。
南米ではアマランサスやキノアなどだ。
アフリカや南米原産の穀物はあまり知名度はないが実は結構重要な作物だったりする。
そして、アフリカ原産の四国稗のプラントオパールは実は6000年以上前の縄文時代の遺跡からも見つかっていたりする。
胡麻もそうなのだが、アフリカ原産穀物が縄文時代からすでにあるというのは割りと謎なのだが、人類がアフリカを出るときから持ってきたのかもしれないし、海のシルクロードはずっと昔から有るのかもしれない。
なんせ、ジャワなどのスンダランドの住人が日本にたどり着いたのは1万7千年前のことだからな。
こういった穀物が栽培植物化される前は、穀物の多くは播種のために熟すると種子が穂から脱落する性質を持っていたし、野生種は今でもその性質を持っている。
なので人類が野生の穀物を利用しはじめた際には、逆にそれを利用し、穂の下に容器を置いて穂をゆすり身を振るい落としたり、種子がまだ固定している未熟なうちに刈り取るなどの手段を取っていたらしい。
しかし、人類は穂が熟しても種子が地面に脱落しない固体を選抜して種子を保存し、其れを巻いて栽培するようになり、穀物は非脱落性を獲得していったわけだ。
「ん、これはもう刈り取ってもいいかな?」
「そうね、こっちはまだダメみたいね」
「んーそうだな、もうちょっとしないとダメそうだ」
「お父さんこれは?」
「大丈夫じゃないか?」
「とーしゃ、これー?」
「んーちょっとまだ早そうだな」
「そうでしか……」
「こっちなら大丈夫だと思うぞ」
「わかったでし」
そんなことうぃいながら俺たちはナイフで穂をかっていく。
鎌が開発されるのはもうちょっと後だな。
この時代ではまだ穀物の成熟度はその穂ごとに異なるため、熟した穂を選んで収穫する穂刈りをしないといけない、これは後の時代には農法の進歩によって同じ農地の穀物の成熟度をほぼ同じタイミングに調整することが可能となるので、穂ではなく茎を根元から収穫する根刈りが主流となっていくのだが、これは結構後の話だ。
さて栽培化された穀物の中でも、コムギ、イネ、トウモロコシの三種の穀物が突出して多く栽培されるようになっていく。
コムギはグルテンを持つためパンや麺にした時に他の麦よりはるかに美味なため。
イネは収量が高く、調理が容易なうえ食味に優れていたため。
イネとコムギはヨーロッパやユーラシアなどの旧大陸の二大穀物になる。
これに対し新大陸においてはトウモロコシが主穀となっていった。
基本的には味の問題だな。
ただし、これはそれぞれの栽培時術が確立してからであって、その後も旱魃や冷害対策のための救済作物としてその他の穀物や芋も栽培は続けられるのだが、縄文時代では穀物は焼き畑に適当に蒔いて育ったものを収穫するという方法を取ってる。
しばらくして熟した穂はだいたい刈り取れたと思う。
「よし、今日はこんなところか」
「そうね」
「はーい」
「わかったー」
まあ、カゴいっぱいとは言わないまでもそれなりに取れたしな。
収穫したらまずは天日で干して乾燥させる。
そして脱穀だが、靴を履いた足で踏んだり、木の棒でたたいたりという、シンプルな方法で脱穀する。
臼と杵のような脱穀のための専門の器具ができるのは弥生以降だな。
弥生人は稲の穂だけを刈り取って貯蔵し、食べる時に臼に入れ、きねでついて脱穀して食べたらしい。
「よし、始めるかね」
「あーい」
俺と息子は底の厚い靴を履いて、乾燥した穀物を踏みつけている。
その後はイアンパヌと娘が息を吹きかけて、籾殻は吹き飛ばして身を拾っていくわけだ。
息子は面白がって飛び跳ねている。
「おいおい転ぶなよ」
「大丈夫でし」
まあ、なんとか転ばずにすんだんでよかったぜ。
こうして脱穀した穀物は今度は石臼と石棒で粉にする。
その粉に塩を加えてこねればいろいろな料理にできる。
薄くしてその中にひき肉を入れれば雲呑や水餃子みたいになるので今日はそうしてみようか。
「よいせっと」
まあ、粉にして水と塩を加えてこねるだけと言っても結構力が居る。
ひたすらこねて腰が出たら、団子状に丸めてから棒で伸ばす。
それにひき肉に水鳥の卵を混ぜてこねたものを包んで鍋で煮込む。
「うしできた」
「あら、美味しそうね」
「おう、美味いぞ」
竹の柄杓で鍋からすくい上げて石椀で皆で食べる。
いつも下の子供の面倒を見てもらってる女性も一緒だ。
「じゃあ頂きます」
「頂きます」
石匙で雲呑もどきをすくって食べる。
「ん、美味い」
「ええ、美味しいわ」
「美味しいです」
「うまー」
いろんな穀物を混ぜ込んでるから皮の方の味は現代に雲呑とは違うし、スープも基本は塩だけなんだがそこに肉汁と卵の味が混ざると結構美味い。
なんだかんだで調理方法って大事だよな。
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