イノシシ送りの祭と蜂の子
秋が深まってきて衣服も麻を編んだ衣服から、皮をなめした革の衣服に着替える頃には鮭の遡上や木の実の落下も終わって冬となる。
そうすると冬の間の狩猟がうまくいくようにと神(カムイ)に願う神霊送(カムイオマンテ)の儀式が行われる。
縄文人は猪、熊などの獣は山奥の神の住む場所から、獣の姿をした神が、毛皮や肉などの贈り物をもって人間の世界を訪問し、人間により大いに歓待された後、毛皮と肉という多くの土産物を残して、盛大な見送りを受けたあとふたたび山へ帰っていくと考えている。
このため、猪、熊を食べたり毛皮のために殺すことはことさら残酷なことではなく、そういった獣の姿を借りた神をふたたび神の国に帰すことになる大事なこと考えていたわけだ。
集落ではあらかじめ山中から生まれたばかりのうり坊、猪の子供を連れて来て養育し、二年程たったら冬の適当な日を選んで、猪の心霊を神の国へ戻す祭儀を行う。
「お前もあんなに小さくて可愛かったのにずいぶん大きくなったよな」
そう言っているのは猪を飼育しているこの集落の男だ。
猪は子供の時から飼うと意外とよくなつき、放し飼いにしてもチョロチョロ後ろをついて回るようになるらしい。
ただし2年も餌を与えて飼うと体重が150キロを超えるくらいでかくなったりもするんだが。
「そろそろ山に帰ることになるな」
男は猪の頭を寂しそうになでている。
さて祭の様子だが、まず長であり神と話ことができるとされるウパシチリが神送りの言霊を唱えた後、猪を飼育していた場所から出してしばらくは自由に遊ばせる。
広い場所を嬉しそうに走り回っている猪だが、その後の祭殿の前に連れ出し神送りの柱に繋がれる。
そして花を飾った祭壇の前で、ウパシチリが神霊送りの祈りをささげ、皆で歌と踊りと手拍子を猪へと送り、猪にトリカブトを塗った矢が放たれる。
毒によってフラフラと酔っ払った猪はそのまま倒れるから、矢毒の回った部分を取り除いて解体し、祭壇前に神聖火(アペフチ)をたき、神の国への土産として木の実を供物として供え、猪の形にかたどって作った土偶もまた一緒に埋めて、ウパシチリは猪の神霊に酒を献じ無事に山奥の神国へ帰るようにまつり、その後、肉は集落の人々で均等に分かち合って食される。
また、猪にはたくさん子供が生まれることから子沢山の豊穣の神としても祀られているんだ。
イアンパヌは熱心に祈っている。
「どうか私たちにたくさん子供ができますように」
俺もその隣で祈っていた。
「どうか俺たちに元気な子供が生まれますように」
子供ができるできないというのは本当に運だからな、こうやって神に祈って後はやることをやるしか無いわけだが……。
ちなみに猪はキバもあって強い動物なので、神とされたが、シカは逃げるだけの臆病者なので毛皮と肉を活用するだけの獣で、猪や熊にはカムイが宿っているとされたが鹿にはカムイが宿っているわけではないと考えられたようだな。
その差がよくわからんといえばわからんが。
さて、冬の間の重要な栄養源は狩猟によって得られる猪や鹿の肉では在るのだが、その他に重要な栄養となるのは昆虫だ。
昆虫食もまた焼き畑などとともに南方のオーストロネシア語族が持ち込んだ食習慣で木の中にいるカミキリムシの幼虫やスズメバチの幼虫である蜂の子などは特に美味しい。
ちなみに虫を良く食べる地域と昆虫食をしない地域はある程度別れていて、畜産牧畜が行われ家畜を飼育して乳をとったり肉を食べる地域では昆虫食をあまりしない。
つまり牛や豚、羊や山羊、ニワトリやアヒルなどの家畜を早くから飼育してきた地域、つまり中央アジアの遊牧民族や多くの欧州人は昆虫食を習慣にはしなかった、わざわざ昆虫を食べなくてもタンパク質がたりてるからだろう。
イギリスでは昆虫を食ってるけどな。
逆に、そういう動物がいない地域では昆虫食が良く行われてきまた。
日本を含むアジア地域や東南アジア、オーストラリア、アフリカ、南北アメリカなどだ。
中国は家畜も飼われているが人口に対しての数が充分でないことが昆虫食を残させたのだろう。
まあ、中国人は脚のあるものは机以外はなんでも食べるんだがな。
そもそも類人猿がどうやってタンパク質を得ていたかというと、森のなかにたくさんいるシロアリなどの昆虫を食べていたんだ、その後も骨髄や脳みそだけでなく蟻塚に棒を差し込んでアリを食べるということもやっていたはずだ。
ちなみに川魚を釣る餌として使われるザザ虫なども食えるし(味は川の苔の味がするんであんまりうまくはないが)、羽根をむしった蝶を煮物に入れても美味い、セミも食えるし、イナゴやコオロギも火で炙って食えば美味い。
サソリやゴキブリはこのあたりにはあまりいないが食えばエビと同じ味がするらしいぞ。
エビとサソリやゴキブリはほぼ身体構造が同じなんでな、味も近いわけだ。
まあ、スズメバチは攻撃的な傾向が強いので危険では在るのだが、蜂は煙に弱く巣ごと燻してやると動けなくなる。
というわけで俺は村の男とともに蜂の子を取りに来てる。
蜂が眠る夜に念のため笠に麻を緩めに編んだ布を縫い付けて顔を防護できるようにし、丈夫な革製のブーツを履いて、手袋もすることで肌の露出を防いでいく。
「よし、あれだな」
木にできている大きな巣を見つけて俺は隣の男と目を合わせた。
「ああ、気をつけろよ」
「分かってる、ハチに刺されて死んだんじゃ死んでも死にきれん」
木に松脂を塗った簡易松明を持ってそっとスズメバチの巣がある木の下に近づく。
枯れ葉をかき集めて火をつけその上に生木の枝をかぶせると煙がたくさん発生して蜂の巣を包んだ。
煙で蜂が気絶しているうちに、木を登って巣を剥がして、さらに強く煙でいぶして蜂を無力化する。
其れが終わったら蜂の巣の外側を剥がして中の巣である皿を確認する。
「お、結構大きいな」
「ああ、食べでが在るな」
中を確認して集落に持って帰り、それぞれの巣のさらに張ってる白い蓋を剥がして中の幼虫や蛹を取り出す。
取り出すと巣のカスがけっこう付いてしまうので、それを流水で洗い流して後は食べるだけだ。
塩をまぶして炒ったものは案外と癖がなく鶏卵の卵焼きの白身を思い起こさせる味だな。
俺たちは集落の皆に蜂の子を分けて周り、その後俺ととイアンパヌは一緒に蜂のこを食べていた。
「うん、なかなかうまいな」
「ええ、ありがとうね」
ほくほく顔のイアンパヌの笑顔が見れたなら蜂を捕まえるためにした苦労もそのかいが有ったというものだ。
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