箱根といえば温泉、温泉は良いねぇ

 さて、なんだかんだで季節は過ぎて、炬燵が必要ないような暖かさになってきた。


 そんな中で集落の皆が集まっての集会が開かれた。


「そろそろ石器用の黒曜石の予備が少なくなってきました。

 なので箱根まで取りに行っていただきたいのです」


 そういうウパシチリに俺は聞いてみた。


「へえ、箱根か、ここからどうやっていくんだい?」


 ウパシチリはああなるほどという顔をした後答えてくれた。


「もちろん船で海を漕いでいき、近くにたどり着いたら後は山を上っていくだけですよ」


 まあ、そりゃそうか、陸路をいくには川を渡っていかないといけないがこの時代には橋もないし渡守も居ない、おまけに街道もない、川を渡ってその反対側の奥の集落にいくよりは同じ川沿いの集落と行き来したほうが効率的だ。東海道は律令時代にやっと作られて、しかも当初は揖斐川・長良川・木曽川・大井川・安倍川・富士川・多摩川・利根川などの幅の広い川を超えるのにかなり苦労していたらしい。


 土器や籠に荷物を入れてを抱えて歩くのは大変だが船に積んでいくなら少しは楽だろうしな。


 残念ながら多摩川を遡っても黒曜石に産出地にはたどり着かないから箱根にいくなら海からいったほうが早いだろう、


 俺は手を上げた。


「俺も行きたいんだがいいだろうか?」


 周りは微妙な顔だな。


「駄目か?」


 ウパシチリが俺に言った。


「そうではありませんが、必ず戻ってきてくださいね。

 あなたはこの村に必要不可欠なひとですから」


 何だそんなことか、そりゃあたりまえだろう。


「そりゃ戻ってくるさ、奥さんも居るし、家も在るんだから当然だろ?」


 彼女は何かホッとしたように言った。


 ついでに奥さんやその家族もだがなんか信用ないのかな、俺。


「え、ああ、あなたにとってはそうなのですね」


 そういやこの時代だと家族とか結婚はそこまで強制力がなかったんだっけか。


「ま、そういうことだからそんなに心配しなくていいぜ」


 俺の言葉にウパシチリは頷いた。


「分かりました、では一緒に行ってもらいましょう」


 今回箱根に向かうのは男4人、基本的に女は集落からそんなに離れることはない。


 育児をしたりするのは基本女の役割だというのも在るし、他の集落にさらわれたりしても困るからな。


 交易品の塩や腕輪などに加工するためのきれいな貝殻、干した海藻、干したイカや魚などを詰めた土器に革で蓋をして紐で縛り、途中で飲むために真水を入れた瓶もカヌーに乗せて出発する。


 此処から箱根までは距離で100km位、そのうち海上が90kmくらいか?


 カヌーは頑張れば時速10kmくらいでこげないことはないが、休み無しでずっとその速度というのはきついから、片道で海上を2日、陸路を1日、箱根の村に一日滞在するとして往復で1週間というところか。


 皆で櫂を漕いで多摩川河口を離れると東京湾を南下して三浦半島の先端でカヌーを浜に上げて一泊する。


 翌日三浦半島をずっと西に進めば箱根の登り口の小田原あたりに到着だ。


 カヌーを皆で陸に上げて、ここでもう一泊しそれぞれが土器を抱えて山道を登っていく。


 しかし土器を抱えて山道を上がるのは思ってたよりきついな。


「こいつは結構しんどいな」


 一緒に来ていた村の仲間は皆平気そうだ、日頃の運動量の差だな。


「はは、がんばれ、もう少しだ」


 途中で休憩をはさみながら、山道を登っていくとようやく集落についた。


「あー、やっとついたか……」


 土器をそっとおろして、俺は地面にへたり込んだ。


 ちなみにアイヌ語のアチは黒曜石を意味し、黒曜石を取るというのはアチカラとなり、これが「足柄」と言う地名になったらしい。


 まあ、足柄だと内陸過ぎてちと辛いがな。


 しばらく休んだあと、ここの村長のところに皆で向かった。


「ようこそいらっしゃいました。

 私は村の長の火老婆アペフチと申します。

 今日はこちらで休まれていくと良いでしょう」


 火老婆と言いつつ若くてきれいな娘さんだがアイヌでは火の老婆というのは客をもてなす最も大切な火の神への神格化で、このあたりでも多分一番偉いのだろう。


「ありがたい、ゆっくり休ませてもらうとするよ。

 そういえばここには温泉はないのかい?」


 彼女はニコリと微笑んでいった、極上の接客スマイルというやつだな。


「いえ、ありますよ。

 よろしければどうぞ湯を使っていってください」


「そりゃありがたい。

 ぜひ使わせてもらうよ」


 俺はアペフチに案内してもらって温泉にたどり着いた。


 早速衣服を脱いで温泉に入ろうとすると、何故かアペフチも衣服を脱ぎ始めた。


「え、あんたも一緒に入るのかい?」


 彼女は当然という風に言ってくる。


「はい、よろしいでしょうか?」


「よろしいも何も、ここはあんたの集落なんだから俺に許可を取る必要はないだろ?」


「うふふ、そうですね」


 こうして俺はアペフチとともに温泉に入ってるわけだが……


「あー、やっぱいいな温泉は。

 こうやって温かいお湯に浸かることができるのはいつやらぶりだしな」


 アペフチはくすりと笑った


「其れは良かったですわ。

 所でお聞きしたいにですが?」


「ん、なんだろう?」


「東の方では何やら乳袋なるものができて皆つけているそうなのですが

 こちらには伝わってきていません。

 作り方をご存知でしたらぜひ教えていただきたいのですが……」


「ん、ああ、いいぜ」


「本当ですか?」


 俺は苦笑して答えたさ。


「嘘をついてもしょうがないだろ。

 なんか評判いいみたいだし、教えて俺が損するわけじゃないしな」


「そうですか、それは助かります」


 俺の答えを聞いてニコニコしてるがどういうふうに広まってるのやら。


 しばらく温泉に浸かって疲れも取れた所で温泉から上がると、早速アペフチに乳袋を作ることにした。


「こんぐらいの大きさの麻布か革はあるかい?」


「ええ、これでいいかしら?」


 なんかやたらと手触りがいいんだがこれって……


天蚕糸てんさんしじゃねえか。

 とんでもない高級品だよな」


 天蚕と言うのは蚕の原種のようなもので蚕と同じく繭を作ってその糸を使って衣類にできる。


 釣り糸に用いられるテグスはもともとこれを使ってたらしい。


「ええ、肌に身につけるものですから、肌触りが良いものの方がいいでしょう」


 縄文時代に絹のブラジャーとか贅沢だな、まあいいけど。


 さてアペフチに服を脱いでもらって、長方形の布を真ん中でねじって胸の谷間に当たるように彼女の胸に当てて、左右の乳房を包むように当てた後でその左右も捻ることで布を袋状にする。


 余った分は同じよう長方形の布を真ん中でねじって前後に当てて上が彼女の腰骨あたりの位置の長さになるように揃える。


「寒いなら服を一回着なおしてくれていいぞ」


「ええ、そうしましょう……」


 俺は胸の形状に合わせて袋状にした乳袋のねじったところを縫って止め、左右に麻ひもを縫い付けるとともにちょっと引っ張ってみてちぎれたり取れたりしないことを確認した。


 同じように陰部用の布も捻っては在るが長方形の角の部分にそれぞれ紐を縫い付けてちぎれたり取れたりしないのを確認した。


「よし、できた」


「できましたか?」


「ああ、悪いがもう一度服を脱いでくれ」


「ええ、わかりました」


 俺は全裸になった彼女の胸に乳袋を当てて、その左右に付けた紐を背中で蝶結びにして結んだ。


 同じように陰部に布を当てて腰の左右で紐を結んでみた。


「これでいいと思うが……どうだろう?」


「ええ、いい感じですね。

 胸も楽だし下もぴったりですし、これはいいものですわ」


「後はこれを参考にして村の人間に作ってもらってくれ」


「ええ、ありがとうございます」


 彼女はニコニコ笑っていた。


 さて、その夜はこの集落の俺達みたいなよそ者が泊まれる専用の竪穴式住居に泊まって翌日になった。


 今日は一日ここでのんびり見学をしていて良いそうだ。


 この村は南関東の黒曜石を作配しているらしく村から出ていって石を集めてくるものや黒曜石を鏃や石槍に加工しているものが居る。


 こういった人々は食料の採取ではなく石の採取や加工を専門にやってるらしい。


 石器時代にはこういった場所では食料確保も難しかったろうから定住ということはあまりしていなかったようだが、今なら海の近くから塩や干物なども運ばれてくるからこういった場所に集落を作ることもできるわけだ。


 山梨や長野にも同じような集落が存在していて、芦ノ湖や諏訪湖の漁労も含めて生活を成り立たせているから、甲信は意外と人間が多く住んでいるらしいな。


 俺達が持ってきた塩や干物、貝殻などと黒曜石の交換も終わった。


 もう一泊して俺達が帰ろうとした帰りにアペフチが俺に言ってきた。


「よければここで暮らしませんか?

 決して今より悪いようなことにはしないつもりですが」


 俺は苦笑して答えた。


「すまんな、俺には帰りを待ってる人間が居るんで其れは無理だ」


 アペフチはちょっと気落ちしたようだが、表情を直していった。


「また、来てくださいね、いつでもお待ちしています」


「ああ、また温泉に入りに来るよ」


 其れたちは箱根から山を降り、カヌーを漕いで村に帰った。


 そして我が家に帰る。


「只今帰ったぞ」


 イアンパヌが笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさい」


 俺は迎えてくれたイアンパヌをギュッと抱いた。


「ああ、こうすると帰ってきたってことを実感するな」


「全くいきなりどうしたの?」


「無事にイアンパヌにあえて嬉しいってことさ」


 俺達はお互いに笑いあった。


 家族がいて、戻る家があるというのはいいことだ。

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