どうしてこうなった?

 ウパシチリの笑顔とともに告げられた


「ありがとうございます。

 所で結婚はいつがよろしいですか?」


 という言葉に固まった俺。


「は?結婚?」


「ええ、革を私たちに送っていただいたのはそういう意味なのでしょう?」


 ウパシチリはそう言ってニコニコしている。


 そうか、この時代装飾品や衣装などを男性が女性に送るのは求愛行動の意味があったか。


 この時代は戸籍などはないので厳密に結婚といえるものはないが、家族になると言う意味は当然ある。


 また、部落内で延々と近親婚を続けるのは良くないということはわかっているようで、基本的に婿はよその集落から迎えるようにしていたらしい。


 この時代における結婚は当人同士における精神と肉体の相性を確かめた上で女性に母の許可が貰えれば正式に夫婦になれるが、夫の側は一人に女性に縛られることはなく、複数の女性のもとに通ってそれぞれに子をなしても問題はなかったようだ。


 もちろん其れを女性の母親側が受け入れるか受け入れないかは別の問題だ。


 で、縄文時代でも結婚相手に選ばれやすいのは生活能力の在る人間、現代で言えば安泰して金を稼げる人間だが、この時代では狩猟や漁業にかんしての能力が優れていたり、それらに必要なものづくりが得意な手先が器用な人間が優先的に選ばれるわけだ。


 基本的には取れた食べ物は皆で分け合って食べるが、皆に行き渡らないときは獲物を得てきたものの家族が優先して分配される、となれば狩猟や漁業が得意なものが当然モテるわけだが、そういったものたちも弓矢や釣り針、網などがなければ獲物を取れないのもまた事実。


 だからそういったものを作れる人間もモテる、そういったやつは装身具もうまく作れるからな。


 じゃあ、なんで俺が結婚などと言われているかというと、タンニンで鞣した革が予想以上に評判が良かったらしい。


 噛んで鞣しただけでは、鞣しが不十分のためだんだん腐って腐臭がしてくるが、タンニンで鞣したものはタンニンによる独特の植物の香りがして心地良いとか、丈夫だとかで好評らしいのだ。


 だからといって今更俺にはたいして意味が無いものなので、送りましたとはいえない。


 家を作るのを手伝ってくれたのもよそ者の俺をこの集落で迎え入れてくれるという真心からだというのもわかってるしな。


「し、しかし、俺はまだここに来たばかりだし、

 正直みんなのことをよくわかってないんだが」


「あら、其れは当たり前ですわ。

 ですから夜をともにすることでお互い理解し合うのではありませんか」 


 ウパシチリの言うことはもっともではある。


 土地とか財産とかを所有するという概念のないこの時代では不倫と言う概念はないのだ。


「其れにあなたの知っていることをきちんと子供に伝えていってほしいのですよ」


 共同生活部落といえど親の知識や技術を最優先で教えるのは自分の子供だ。


 男は狩猟や漁業などの危険な事をやるから命を落とすことも多い。


 イノシシや熊を狩るときは怪我をしたり命を落とすことも在るからな。


「うむむ、そうかもしれないが……」


 煮え切らない俺にウパシチリがいった。


「では、もう春になりますし、豊穣の祈りも込めて、祭を開きましょう、酒を飲みながら手をつなぎ踊れば、伴侶の見極めもできるのではないでしょうか」


 日本では盆踊りは伴侶を見つけるための重要な場で盆踊りで仲良くなって、性行為してそのご結婚する流れが多かったらしい。


 これは盆で帰ってきた祖霊を身に宿して現世に戻すという意味合いもあったようだ


 また西洋での舞踏会がただ踊るだけでなく、若い娘と息子たちのお見合いを兼ねていたりするのもそういったことの名残なのかもな。


「祭り」とは「まつる」の名詞形であり、本来は神を祀ることなんだが、縄文人つまりアイヌは森羅万象の自然、動物、植物などの万物にカムイが宿ると考えていて、力の強いものや超自然的で不可解なことは崇拝の対象となった。


 こうした信仰と縄文人の生き方が祭りを生み出し、冬の間にためていたドングリや栃の実なども暖かくなると腐りやすくなるから、其れを消費しカムイに捧げ、今年の温かい間の食料が無事に得られるように祈る機会でも有った。


 それに、余剰となる食料を腐る前に大量消費し、集団の中で等しく分配する事によって、集落のみんなの、不満や軋轢を解消するはけ口ともなったわけだ、冬の間は必ず獲物が取れるとは限らないからな。


 さてここで問題なのは酒だが、縄文時代には酒がなかったという説が主流だったが実際には在る、しかしこの時代には米も麦もさつまいももない、じゃあ何で作ったかというとニワトコ、サルナシ、ヤマグワ、ヤマブドウなどの果実を発行させた果実酒(リキュール)だ。


 で、話は祭に戻るが集落から離れた領域にそういった祭のための領域として環状列石ストーンサークルがつくられようになった。


 そこで、祭りを行い神カムイに祈りをささげる儀式や踊りを行いながら酒を飲み飯を食い、そこで仲良くなった男女がその夜、性行為をするわけだ。


 環状列石ストーンサークルは、男性器と女性器が結合している状態を表していて、人が死んだ後、魂はあの世へ行くが、環状列石ストーンサークルの近辺で性行為を行うことで再び戻ってきて、子供となって、この世に生まれ代わってくると考えているようだ。


 で、祭の当日だが、環状列石ストーンサークルのある広場の周りに、火が焚かれ、リキュールが振る舞われ、ひき肉と鳥の卵と穀物を混ぜたハンバーグのようなものやドングリや栃の実などをすりつぶして鳥の卵と混ぜ合わせて焼いたクッキーのようなもの、魚介類を豊富に似た汁物などが皆に振る舞われ、カムイに稗や粟の種などの穀物を捧げ、祈りを捧げた後、皆で歌を歌いながらの踊りが始まった。


「踊りも歌もわからないのに参加するとかだいぶきつくないかこれ」


 まあ、それでも俺が革を渡した女性なんかが俺を踊りに誘ってくれたので、まあなんとか踊ってみた。


 女性と手を繋いで踊るなんてことをしたのはどれ位ぶりだかわからなんのだがな。


 酒も入っていい雰囲気になってるカップルも多いのだが、残念ながら俺は割とザルでこの時代のリキュールでは全く酔えない。


「そういえば君の名前は?」


 踊っている女性に聞いてみた


「私は賢い人イアンパヌよ」


 賢い……か、顔も美人だし何となくいい感じだな。


 次の女の子は醜女イポカㇱ、その次は糞女オソママチだった。


 うん、せめてもうちょっといい名前をつけてあげなよ。


 ぶっちゃけ俺には彼女たちの美醜に大した差は在るように思えなかったけど、名前を呼ぶたびに醜女イポカㇱ、とか糞女オソママチとか呼ばないといけないのは俺の心が痛むので、俺はイアンパヌの手を取った。


 そして、


「うん、君に決めた」


 と囁いた。


 彼女はちょっと顔を赤らめて言った。


「あ、ありがとう」


 まあ、結果として俺はここの時代に来てそんなに立たないうちに嫁をもらうことになった。


 イアンパヌと一夜を過ごした俺は早速翌日イアンパヌの母親に結婚の許可を貰いに行くことにした。


「お母さん、娘さんと俺の結婚を許して下さい」


 イアンパヌのお母さんは俺よりちょっと年上ぐらいでむしろイアンパヌより年齢が近いからちょっと違和感も有ったがとりあえず言い切った。


 彼女はニコっと笑って。


「ああ、当然大歓迎だよ、私や妹弟達にも服を作ってくれるとなお嬉しいね」


 と言った。


 父親は入らないのか……縄文時代における父親の存在に軽さに俺はそっと心のなかで涙した。


「ええ、分かりました、優先的に造りましょう」


「そりゃありがたいね」


 こうして俺はイアンパヌと身を固めることになり、本来であれば女性の家に一緒に入るのだが、俺の場合は家を立てばかりということも有って、イアンパヌに来てもらうことになった。


 まあ彼女が妊娠したら実家に戻る事になるはずだが……。


「どうしてこうなった」


 と俺は首を傾げたのだった。

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