革の鞣し

 さて、今日は雨が降っている。


 こういう時は無理に動かずに住居の中でできる作業を行うのだ。


 釣りに使う針を鹿の骨やイノシシの牙を削って作ったり、貝殻を削って耳飾りや首輪、腕輪や足輪にしたり。


 因みに縄文時代の女性は貝殻を削った装飾品を身につけているがこれは、弥生時代の女性よりも装飾要素が大きい。


 其れだけ食料事情には余裕があったということだな。


 そんななかで鹿や猪の皮をガジガジ齧っている連中が居たので何をしてるのか聞いてみた。


「なんで皮なんか齧ってるんだ?

 腹が減ってるってことはないだろ?」


「ああ、これはこうすると皮が腐りづらくなるんだよ。

 麻だけじゃ寒いからな」


 ああ、なるほどアイヌは肌着として鹿革なんかを身に着けてるんだっけか。


 動物や魚の死んだ後の皮をそのままにしておくと当然腐るか、乾いて徐々に硬化しぼろぼろになって衣類としては使えなくなる、なので何らかの手を加えて腐敗を防ぎ、柔軟性と伸縮性を維持させる技術がなめしなのだ。


 そして彼らがやっている噛みなめしは恐らく一番古い時代から行われてきた方法で肉や皮下脂肪をこそげ落としたあとの皮をひたすら噛むというもの。


 これは唾液に含まれている酵素がコラーゲンを変質させて腐りにくくするかららしい。


 植物資源が少ない極北のエスキモーやイヌイットは現代まで噛みなめしを行っているが、噛みなめしではコラーゲンの変性は十分ではなく、寒い地域では腐敗しなくても暖かい地域ではさほど持たないはずだ。


「しかし、其れだけだと腐っちまわないか?」


「そうだな、だから腐ってしまう前に新しくこうやって作っていくわけだよ」


「そりゃ大変だな……」


「まあ、仕方在るまい」


 そりゃそうだろうがもうちょっとうまい方法はないだろうか……。


 そういえば俺がTRPGの資料として持ってたファンタジーガイドブックに中世技術での革をなめす方法があったようなきがするぜ。


 雨で食料が取れない今日の食事はドングリや栃の実などの保存が効くものを煮てアク抜きをして食べるのだが、煮ていくうちにお湯が茶色になっていく。


「これだ!あ、その煮汁は捨てないでくれるか?」


「いいけど、苦くて飲めないわよ?」


「その苦いのがいいんだよ」


 アク抜きをしていた女子は不思議そうだったが、とりあえず捨てないでいてくれた。


 日本ではあまり行われなかったタンニン鞣しだが、西洋では結構古くから行われていたはずだ。


「次回、鹿なりイノシシなりを狩ってきた時、俺にその皮をくれないか。

 ちょっと試してみたいんだ」


 周りにいる連中は首を傾げていたが


「何か考えがあるのでしょうし、良いですよ」


 とウパシチリが許可をくれたので次回は俺に一頭分の獣の皮をくれることになった。


 まあ、俺自身は狩りには何の役にも立たないのは申し訳ないが……弓の練習でもするかとも思ったが、まともに使えるようになるのにどれくらい時間がかかるかわからんしな……。


 さて、翌日になって晴れたので各々食料を取りに行く。


 今回は俺は砂浜で貝類の採取だ。


 アサリとかハマグリとか今と大して変わらない貝がいっぱい取れた。


 その帰りにアパートからファンタジーガイドブックを持ってきた。


 これで多分大丈夫だ。


「やっぱりこの時代、魚や貝はかなり豊富に取れたみたいだな」


 まあ貝塚として食べた後の貝殻が大量に残っているくらいだし、海に近いところに住んでいた縄文人の大事な栄養源であったのは間違いがないだろう。


 そして今日は鹿が狩れたようだ。


「今日は鹿の骨と貝のスープだな」


「おお、うまそうだな」


 人間は骨髄の味を好み豚骨や鶏ガラのスープが今でも続いているのは原始時代に肉食動物の食べ残した骨を石でかち割って骨髄を飲むことで生きながらえてきたかららしい。


 鹿の骨と貝をぶち込んで煮出し、そこにぶつ切りにした鹿の肉を加える。


「おお、うめーなこれ」


「うむ、今日も大地と海の神が恵みを与えてくれたことに感謝だな」


 そんなことを話しながら食事が終わった。


 皮のなめし作業は明日からだな。


 一晩寝て、起きたらまずファンタジーガイドブックを読んで鞣しの手順を覚える。


 まずは皮を川に持っていって水でよく洗う。


「おおつめてぇ」


 洗って皮に水分を吸わせ柔らかくするとともに汚れやダニなどの寄生虫の類、血などを落としたら、干し竿で軽く乾かす。


 その間にこの前に栃やドングリのアクを煮出した茶色い液にさらにナイフで削ってきた樹皮を入れて煮詰める、この茶色く煮出したのがタンニンだ。


 しばらく経って、毛を触ってみて軽く乾いたら、竿からおろして地面におろし赤く残ってる血管や皮下脂肪をちまちま削り剥がしていく、黒曜石のナイフだと尖すぎて穴が開きそうなので、竹を削って竹べらを作りそれで削っていく。


 血管や脂肪の部分が全部こそげ取れたら、タンニン溶液への漬け込み開始だ。


 現代人が鞣しを個人で行う場合は薬局で買える明礬みょうばんを使うことが多いらしいし、工業的にはクロム溶液をつかうはずだが、そんなものはないので土器にタンニンを煮出した溶液の中に先程の皮を入れて石を重しにして、浮かび上がらないようにする。


 皮が空気に触れてしまうとそこからかびて腐ってしまうらしい。


 そして毎日1回、液中で皮を動かして、液を攪拌し、タンニンが染み込みやすしながらそれを1週間ほど続ける。


「ふむ、そろそろいいかね?」


 毛皮を出してみると茶色く皮は染まっていた。


「うん、大丈夫そうだな」


 イノシシの油を皮に塗り込んでから、この後皮を乾かすのだが普通に乾かすと、皮が縮んでくしゃくしゃになってしまうらしいので、木枠を作り皮の端に穴を開けてひもで張るやり方にする。


 大きな板があればそこに打ち付けてもいいらしいけどな。


 そして1週間ほど竪穴式住居の中で陰干しする。


 これは住居でたかれている囲炉から煙で燻すことでさらに腐りにくくできるからだな。


 さて、1週間ほどして乾燥もできた。


 しかしこの時点だとスルメのように皮がカチカチに硬いままだ。


 まあ、スルメみたいな状態と考えてもらえばいい。


 柔らかくするために木の棒で叩いた後、手足でもんでコラーゲン繊維をほぐせば比較的柔らかで腐りにくい茶色い”革”の出来上がりだ。


 結局出来上がるのに2週間近くはかかってるが、噛んでなめす場合も結構時間がかかるだろうから多分そんなに労力としては変わらないんじゃないかな……あんまり自信はないが。


「というわけで、ウパシチリ、これを使ってみてください。

 多分だいぶ腐りにくくなったはずです」


「まあ、私にくださるのですか?」


「ええ、俺はとりあえず暖かくて腐らない衣服がありますからね」


 ウパシチリは嬉しそうに受け取った。


「ありがとうございます」


 其れを見た他の女子が俺に言ってきた。


「ええ、いいなー、私にも作って欲しい」


「私も」


「私もー」


 その勢いに俺はたじたじになりながらいったさ。


「あ、ああ、分かった、毛皮が手に入ったら作るから待っててくれ」


「やったー」


「うれしー」


「ほんと、ありがとう」


 やれやれ、俺はしばらく革の鞣しにかかりきりになりそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る