釣りの手伝いと魚の活け〆

 さて、初日はお客さんだったから何もせず歓迎されたが、この時代何もしないで食っちゃ寝すればウェンペと呼ばれてて追い出されてしまうかも知れない。


 因みにこの時代の寝具は水辺に生えるがまの葉を編んで敷物としている。


 土の上に直接寝ると体温を奪われるからな。


 アパートに戻ればドンキで買った布団や毛布は在るんだが、ここは彼らの好意に従っておこう。


 翌朝の食料は昨日とってきたものの残りだ。


 イノシシ肉を炙り直し、土器に残っていたものを煮なおして食べる。


 まあ、むしろだしが染みていてうまい気がするから問題はないと思うが腹を下したりしないだろうか……まあ、昨日から今日の時点で大丈夫だったし、多分大丈夫だろう。


「じゃあ、今日の食料確保を手伝おうと思うんだが何をすればいいかな?」


 俺は長のウパシチリに聞いた。


 石器時代から縄文時代は基本食料の確保が生活そのものだ、のんびりしてる暇はあまりない。


 まあ、大雨の降ってるときとかは休みだがな。


「そうですね、猪や鹿の狩りはできますか?」


 俺は首を横に振った。


「すまん、俺には弓矢を使え無いし、そんなに力もない」


 この時代の男たちは背は低いがみな筋骨隆々として髭を生やしているからドワーフのようだ。


 そして弓矢を扱ったことのない俺に狩りができるとは思えん。


「では、野草を取ることはできますか?」


 俺はもう一度首を横に振った。


「すまん、俺には雑草と野草の区別がつくとは思えん」


 この時代にはひえあわ蕎麦そば荏胡麻えごまなどの雑穀の栽培も進んでいたようだが、季節的に農作業をする時期ではないらしい。


 そして冬に生えてる野草を見分けられるような観察眼や知識は俺にはない。


「では魚を釣ることはできますか?」


 それなら俺にもできそうだ。


「ではアプとともに釣りに行ってください」


 アプと言うのは魚をとるとか漁師とかそういう意味のようだ。


「わかりました」


 そして紹介されたアプは、やっぱり皆ガッチリしていて小柄でヒゲモジャのドワーフのような男たちだった。


 今日は俺も含めて5人で釣りに行くらしい。


「今回一緒に行ってくれるそうだな、よろしく頼むぞ」


 彼は笑ってそう言ってきた。


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 俺はイワナやヤマメを釣るためのグラスファイバー製の釣り竿を持ってきてはいるが、海釣り用の竿はない、どうしたものかと考えていたら普通に竿を貸してくれた。


 釣り針がやたらとでかく麻の糸も結構太いのは、小さい魚を釣ってしまわないようにするためも在るのだろうが、単純に現代のようなナイロン製の釣り糸や金属製釣り針はないからな。


 俺達はまず多摩川らしい川の河口周辺でイソメやゴカイを探した。


 釣り餌としては何万年も前から変わらないらしい。


 自然環境が豊かなこの時代ではイソメやゴカイもあっさり取れて其れを小さな土器に入れて河口に止めてある丸木舟に俺たちは乗った。


 丸木舟と言っても結構でかく全長は10メートル位、横幅が一メートルくらい、海に出ても転覆しづらいように、ダブル・カヌータイプの船体を二つ使用した双胴船でポリネシアの航海カヌーは、数千キロメートルもの距離を無補給で航海することが出来るそうだ。


 そりゃこの時代でも伊豆諸島どころか東南アジア方面から芋や麻を持ち込むことができても驚かないわな。


 もともとはアウトリガーカヌーという片方の舷側に浮子うきとなる木を張り出させることで転覆させないで済むカヌーが原型らしい。


 それぞれがオールとなる木を削って作ったかいを持って船をつなぎとめていた麻の縄をほどいて海に出る。


 皆が声を揃えながら櫂を漕ぐと、結構な速度で海を沖に進んでいく。


「そろそろいいか、始めるぞ」


「了解」


 この時代の釣り針は返しがないので、魚に逃げられやすいが、海の透明度は現代とは比べ物にならないほどきれいなので魚影自体がよく見えたりする。


「よしきた!」


 俺も針にイソメを付けて其れを海に投げ込み魚がかかるのを待った。


 今更だが押し入れに在るライフジャケット着てきたほうが良かったかな……。


 まあ、泳げないことはないはずだし大丈夫だとは思うが。


 因みにこの時代は淘汰圧が低いのか、栄養が豊富なのかスズキやらクロダイやらボラでも1メートルを超えるようなやつがゴロゴロいるということが問題なんだよな。


 引っ張り上げようとして逆に海に引きずりこまれたりしないかが心配だったりする。


 うきはカヤを使ってるし、竿には漆を塗って防腐処理がされてたりと案外現代と変わらないところがあるのは驚きだな。


 周りの連中が次々にでかいスズキやボラを釣り上げるなか、海面上を寝ていた俺の垂らしたカヤの浮きがひょこっと立ち上がった。


「よし、きたぜ」


 俺は釣り竿を持ち上げると糸が強く引っ張られた。


「よしよし、大物だぜ」


 逃さないようにしばらく魚と格闘してたが、相手が少し弱った所で引っ張り上げてなんとかとか釣り上げることができた。


 暴れてるそいつを黒曜石のナイフでエラの横と尾の付け根をざっくりきって、活け〆にして頭を下にして血抜きをしてからエラと内臓を取り除いて海に捨てる。


 こうしないと持ち帰った頃には自己消化でまずくて食えなくなっちまうからな。


「はあ、食い逃げされないでよかったぜ」


「一体何をしてるんだ?」


「あれ、魚はしめないとすぐまずくなるから締めてたんだが」


「ほう、そうなのか」


「ああ、そうなんだ」


「では我々もやってみよう」


 すでに死んでるやつもいるようだが〆と血抜きをしてエラと内臓を取り出すのは大事だぜ。


 その後も順調に釣り上げて日が中空にきた頃には一人2匹は釣り上げたので、俺達は竿をしまうと櫂を漕いで、船着き場まで戻った。


 しかしこれはかなり重労働だな。


「腕がパンパンだし、肉刺まめが痛いぜ……」


「ははは、まあそのうち慣れるさ」


「ああ、多分そうだろうけどな」


 まあ剣道をやっていたから手のひらなんかに豆ができるのはある程度いなれてる方だと思う。


 だいぶ昔の話では在るが。


 さて俺達は魚を担いで集落に戻った。


 今日食べる分を除いては物干しざおのような干物を吊り下げる竿に魚をひらいて吊り下げておくようだ。


「なるほど干物にすればしばらくは持つはずだしな」


「ああ、全部すぐ食べるわけでは無いからな」


 こうして俺達が釣ってきた魚は昨日のように適当にぶつ切りにされて煮込んで食べるわけだが。


「うむ、たしかに今までより魚がうまい気がするな」


「そうだな、生臭さが減ってるそ」


 魚の生臭さの原因は色々在るが、死後に残ってる血液やエラの雑菌、内臓の消化酵素などを取り除けば少なくなるのは自明なんだよな。


「うむ、これからも魚を取ったらこのようにするとしよう」


「まあ、デカイ魚はそうしたほうがいいと思うぜ。

 鮫とかマグロとかな」


「うむ、なるほど」


 まあ、こうして俺達は魚を今までよりちょっぴり美味に食べられるようになったわけだ。

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