【R-15】2-彼も医者の端くれだと気付いたのは、不貞寝から目覚めた後だった。

 彼のものが、入ってくる。少しの圧迫感。けれど、それ以上に私の体は脳に快楽の信号を送ってくる。彼とこの関係になり始めた時は、まだ中で快感を拾うことも上手くなかったというのに、いつの間にか中に入れられただけでこんなに気持ちよくなるようになってしまった。

 伏せがちになっていた視線を上げる。私に覆いかぶさる彼が、普段よりも少しだけ余裕のない表情で私を見ていた。

 ああ、今だけは、今この瞬間だけは、彼の思考を占めるのも、彼の目に映るのも私だけだ。それが、この一晩だけ、いいやもっと短い瞬間だけのものだって、分かっている。分かっているけれど、それが嬉しくて、悲しくて、喉の奥が熱くなった。溢れてくる感情は、快感に邪魔されて飲み込むことができなかった。そうして、私の目から涙が零れ落ちた。

 それに、彼は「なに、そんなに気持ちよかった?」なんて笑った。ああ、この男は分かって言っている。なら、涙を隠す必要も無い。彼の振ってくれた言い訳に乗るだけだ。

「うん、すっごく、いい」

 揺すられ始めたせいで普段よりずっと拙くなった口調でそう伝えれば、匠は笑って言った。

「そう?なら、こっちも頑張り甲斐があるってもんだわ」

 直後、奥の良いところをえぐられて「ひゃ、ん」と声が漏れる。中の、特に奥の快感は何度与えられても慣れることができなくて、毎回生娘のような反応をしてしまう。うざったくないだろうかとずっと心配で、いつだったか彼に直接聞いたことがあったっけ。その時、彼はなんて言っていただろうか。

「なぁに、考え事?さっきあんなこと言ってくれたのに、ひどくない?」

「あっ、ひゃ、あ!?」

 言いつつ、叱られるようにまた最奥を突かれる。また生娘のような声が出た。そんな私を見た彼は、まだ涙の後が渇いていない私の目尻を撫でてから笑む。

「ほんと、いつまで経っても慣れないのかわいいね」

 ああ、そうだ。あの時も、彼はそう言ってくれた。今もあの時も、その言葉に、私がどれだけ安心して、そうして喜んだか、彼はきっと知らないのだろう。

 知ってほしいとも、知らないままでいい、とも思う。だって、きっと彼は、私が姫宮匠という男にそこまで執着していることを知ったら離れていってしまうだろうから。でも、もしかしたら。私がそこまで想っていると、この男が知ったら、もしかしたら。そう想ってしまうのは、こんな年齢なのに幻想を捨てきれていないからだ。

 ああ、幻想なんて。さっさと捨てて割り切った関係になるべきだ。分かっているのに、いつまで経ってもほんの少しの希望が手放せない。この、彼が私だけのものになる瞬間が手放せない。


 あんあんと少し控えめに喘ぐ自分の声を聞きながら、そんなことを考えていた。


 まあ、でも。今だけは、この瞬間だけは、全ての思考を放棄して、ただ彼に愛されたい。そう思った。


 だから私は、考えることを辞めてベッドの中で快楽を追うだけの女に成り下がった。

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