第15話
「詩織は夏休み、何をして過ごすの?」
「初日に宿題をすべて終わらせ、残りの休日は小説を読んで、書いて、過ごします」
予想通りの答え。なんだか呆れてしまう。
「高校、最初の夏休みがそれでいいのか? せっかくの青春第一章目だぜ?」
「関係ありません。私は小説の道を進む。それが私にとっての正しい道なのですから」
まあ、詩織がそれでいいのなら、俺はそれ以上、踏み込む必要はない。
「さあ、談笑はこれくらいにして、始めましょう。今日は物語の構成について、です」
晴樹が彩音の姿を目撃した翌日、その放課後。
図書室で俺ら二人はいつもと同じように集い、小説教室は開催された。
詩織は、昨日俺が急に帰ったことについて、まったく触れなかった。俺は反応なき反応に違和感を覚えたが「昨日は、なぜ急に帰られたのですか?」と聞かれても困るだけなので、こちらもいつもと変わらない素振りで接した。
今日のテーマは「物語の作り方」だ。
「率直に聞きますが、先輩は物語をなんだと思いますか?」
「えらいザックリとした質問だな」
「適切な答えはありません。心赴くままに答えてみてください」
間違いも正解もないのなら、思いきって答えてみようか。
「そうだな……特別な人の人生を見れる、覗き窓ってところか?」
「……なるほど、面白い回答ですね」
無表情で「面白い」と言われても、説得力はない。
「私は、主人公の変化の過程、だと思っています」
「変化の過程」
「そうです。今まで読んできた物語を思いだしてください。物語の始まりと終わり。プラスマイナスにかかわらず、主人公には、心情、環境、能力、いずれかの何かしらに、劇的な変化が起こっています。どうでしょうか?」
考えてみる。
例えば、昔話の「泣いた赤鬼」
最初、赤鬼には青鬼という友達がいた。そして、人々から信頼を得た代わりに、友達を失う。得たいものを得たはずなのに、哀しい変化が、赤鬼の周りでは起こっている。
「なるほど。たしかにそうかも」
「そして、ここからが肝心なのですが、物語で描きたい『テーマ』、それによって変化の方向性が変わります」
「変化の方向性……?」
「例えば、『たばこは体に悪影響を及ぼすので、やめましょう』というテーマを描きたいとします。当然、主人公はたばこを吸っているでしょうね。先に述べたテーマを伝えるには、主人公はどう変化すべきでしょうか?」
たばこを悪く見せる必要があるから、少なくとも、悪い方向へと変化していくだろう。
「……肺ガンで死ぬ、だな」
詩織はコクリと頷いた。正解らしい。
「物語で何を描きたいか、何を伝えたいか、それを明確にしましょう。そうすれば、自ずと物語の結末も見えてきます。結末が決まれば、あとはその方向へと物語を動かすだけです」
暗闇に明かりが灯る。見えなかったものが見えた気がする。
俺があらすじに込めた想い。それは「アイデンティのない自分を受け入れ、変化する」ということだ。俺の悩みをそのままあらすじに込めた。だけど、多分、それではまだ足りない。
アイデンティの有無に対し、自分なりの結論を出さなければいけない。その答えが、自ずとテーマとなり、向かえるべき物語の終焉が決まる。
小説教室が終わり、校門前で彩音と合流し、一緒に帰る。帰路の途中にて、駅前のレンタルショップに立ち寄る。俺たちの習慣。寝る前に見る映画のDVDを借りるためだ。
「これと、あれと、それも見たい」
彩音が提案してきた映画は、どれも恋愛映画だった。雑食で、どんな映画も好きな彩音が一つのジャンルにこだわっているのは、珍しかった。
「もしかして、晴樹の恋を応援するための、勉強、とかか?」
彩音は顔を紅潮させながら、唇を尖らせた。
「そ、そうよ。悪い?」
恥ずかしそうな素振りで、彩音は素直に認めた。
そんな感じで、恋愛映画を観る機会が増えた。だが、ぶっちゃけ、俺は面白いとは思えなかった。きっと、俺自身が恋愛に対しての興味が薄いからかもしれない。なので、恋愛映画は一歩離れた視点で見ることができた。のめりこまず、冷静だから、分析をしながら見る余裕がある。かなり勉強になった。
「そういえば、アンタらはどうなの?」
恋愛映画が終わったタイミングで、隣に座る彩音が不意に聞いてきた。
「どう、って何が?」
正面にあるテレビには、今しがた見ていた映画のエンドロールが流れている。イケメン俳優と美人女優が出演する邦画だった。流行りの男性グループが歌う、女々しいラブソングが室内に鳴り響く。
「アンタと詩織のことよ。放課後、図書室で毎日落ち合うなんて、いい雰囲気なんじゃないの?」
「俺らは、そういうのじゃない。どっちも微塵も恋愛感情なんてないよ」
「嘘よ。あっちはともかく、響はあるでしょ。詩織ちゃんは普通にかわいいし、心がなびかないのは、不自然よ」
彩音の言わんとしていることはわかる。詩織は不愛想な朴念仁であるものの、それを差し引いても、あり余るほどのポテンシャルを彼女は持っている。普通に美人でかわいい。男という生物は単純で、美人であれば誰でもいいきらいがある。思春期真っ盛りな高校男子なら、よりその傾向が強いだろう。美人と定期的に会えば、大抵の場合、相手を意識してしまう。それが普通だ。だが本当に、自分でも違和感を覚えるほど、詩織に対してそういう甘くふわふわとした感情は芽生えない。
「……まあ、なんというか、俺が詩織に抱く感情は、尊敬だけだよ」
俺が本音を吐露すると、彩音はつまらなそうな顔をした。
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