第14話

「いやぁ、私を見える唯一の人が、こんなイケメンで助かったわぁ~」

「ハハハ、彩音さんは口が達者だ」

「唯一って、俺も見えているんだけど」

 駅前のファミレスで、晴樹に事情を説明した。

 彩音は俺が考えたキャラクターで、誰にも認知されていない。だから、その姿は誰にも見えていない。それらを細かく説明した。荒唐無稽な説明を晴樹は頷いて聞き入れた。

 百聞は一見に如かず。三人でファミレスに入店したとき、店員は「お二人様ですか?」と確認してきた。当然ながら、店員にも彩音の姿は見えていない。そういった経緯もあって、晴樹は荒唐無稽な事実を理解することができたのかもしれない。

「なるほど、才能がないとわかっても、小説にご熱心な理由がわかったよ」

 晴樹はふむふむ、と租借するように頷くと、改まった顔で「彩音さん」と言った。真面目なトーンで名前を呼ばれた彩音は「はい」とつられて背筋を伸ばした。「蛇に睨まれたカエル」ならぬ、「イケメンに見つめられた女」。彩音が頬を赤らめているところなんて、初めて見た。

「響は君のために頑張っているよ。飽き性な彼が、ここまで一つのことを貫いているのは大変稀なんだ。奇跡と言ってもいい。響は君を大切に思っているよ」

「……はい」

 彩音はただ頷いた。

「お前、急に何恥ずかしいこと言ってんだ。こっちまで顔が熱くなる」

「言動から、君をぞんざいに扱っているように感じたから」

「俺らはこういうノリなんだ。気にしなくていい」

それよりも気になることがある。

「どうして、お前は、彩音が見えるんだ」

「それは、僕が彩音さんを覚えていたからじゃない」

 晴樹は当たり前な様子で答えた。その言葉を聞いて、思い出した。彩音の設定が書かれたノートを取り出した日。その朝の出来事。俺と晴樹はある会話をした。その会話で晴樹が彩音について言及したのだ。

――主人公の女の子のイラストを僕に見せてくれたじゃないか。名前はたしか……そう、彩音ちゃん!

 晴樹は一度だけ見た彩音を覚えていた。彼の言葉が、設定ノートを引き出しから取り出すきかけになったのだ。

「そういや、そうだったな」

「人を忘れない男の人って一途な感じがして素敵よね。彼女に立候補しようかしら」

 本気か冗談か測りかねるが、彩音のその発言はなんだか面白くなかった。

「コイツ、好きな人がいるぞ」

 今度は晴樹が顔を赤らめる番だった。

「ちょっと! 響くん、それは言わない約束だろ!」

「こいつは透明人間だ。言ったところでなんの害もねぇよ」

「その話気になる。詳しく聞かせてよ」

 不謹慎な発言に彩音は怒るかと思ったが、意識は色恋沙汰に移っていた。

「あれ、沢渡と荻原じゃん」

 不意に、俺らの苗字を呼ぶ女性の声が降ってきた。

「高橋さん!」

「よっす」

 校則ギリギリを攻めた金髪がトレードマーク。クラスメイトの高橋結衣がそこにいた。

 彩音は晴樹の反応を見て察した。その通りだ。晴樹が好きな人とは、高橋結衣なのだ。

「どったの。二人でデート?」

 やはり、彩音の姿は見えていない。

「へんな言い方するな。テキトーに駄弁ってるだけ」

「ふぅん。そうなんだ。あっ、そういえばここのチョコパフェ、めっちゃ美味しいからおすすめ。マジヤバいよ」

「へぇ、そりゃ凄いな。あとから食べてみよ」

「対応テキトーすぎっしょ。絶対食べないヤツじゃん」

「バレたか」

「ひっどー。マジサイテー。荻原もそう思わない?」

「……うん」

 晴樹の微妙な返答によって、会話の流れが遮断された。

数秒の沈黙。

「…………ま、いいや。カナ達も待ってるし、行くね。んじゃ、バイバーイ」

 簡単な挨拶を交わしたのち、高橋は友達のもとへと戻っていった。

「へぇ、晴樹くん、ああいうギャルな感じが好きなのね」

 晴樹は顔を真っ赤にさせたまま頷いた。

「告白しないの?」

 彩音がニヤニヤしながら聞くと、晴樹は首がもげるくらいに激しく首を横に振った。

「晴樹くん、顔が良いから、告白すればどんな女子もイチコロじゃない」

「こいつ、昔から、意中の相手の前だと、とたんに喋れなくなるんだ。だから、告白は無理」

「ああ、そういえば、さっきも喋りがぎこちなかったね」

 晴樹は重いため息を吐いた。

「どうしても、好きな人の前に立つと、頭が真っ白になってしまって、普段人と話すように、言葉が出なくなるんだ。自分でも、どうにかしなくちゃ、と思っているけど、どうしても、駄目なんだ」

 晴樹の声は、切実であった。あまり恋愛事情に興味のない俺としては、そこまで悩む事柄ではないと思っているけど、晴樹にとっては重大らしい。

突然、彩音は「うん、決めた」と何かを決意したように、握りこぶしを作った。

「私、晴樹くんに協力する。私がなんとかしてあげる」

 

 ファミレスにて晴樹と解散後、帰路を彩音と俺、二人並んで歩く。

「協力するって、具体的に何するんだ?」

 俺が聞くと、彩音は誤魔化すように、にへらと笑う。

「決めていない」

「だと思った」

「でも、協力したいって気持ちは本当よ。私を見える数少ない人。私が行動することで、晴樹の為になるなら、頑張りたい」

 彩音は決意を固めたような視線を赤く燃ゆる空に向けた。どうやら本気らしい。

 彩音が頑張りたいのなら、頑張ればいい。彩音の行動を制限する理由はない。

「そうと決まれば、いい案を考えなくちゃ」

 気合を入れるように、両手を握る。

 彩音と出会った頃に比べ、外の気温は高くなってきた。背中に少しだけ、汗がじんわりとにじんでいる。期末試験を終えれば、一学期が終わり、もうすぐ、夏が来る。

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