8-3 昼食べる?
透は油断していた。
麻尋が京真で遊んでいる。
それは彼女の新しいおもちゃ。
飽きるまで自分はしばらく安全だろう。
そう思っていた。
だが、麻尋の策略がそれを許さなかった。
「じゃあ、あと透に任せるわ」
麻尋は最初から透もターゲットにしていたのだ。
それも待ち合わせの時からすでに始まっていたのだ。
待ち合わせに遅れることで京真と透の二人きりの時間を作る。
京真に弟子になる条件を伝えず、透自身に伝えさせる。
あえてラフな格好にすることで、透の私腹を目立たせる。
透の下着を買いに行くことで、京真に透を意識させる。
そして、透と京真の甘々な昼食をセッティングする。
全て彼女の策略だった。
「なんで私!?」
「だって麺伸びちゃうじゃん」
麻尋は持っていたフォークを透に渡そうと差し出す。
「だったら俺が自分で食うぜ」
そのフォークを真ん中で受け取ろうと京真が手を伸ばす。
が、麻尋はそれを避けるように手を引いた。
「それはダメ」
「なんでだ!?」
「これは相手の動きを読んで受け身を取る修行なのだよ」
「修行……?」
馬鹿でもわかる嘘だった。
修行と言えば大抵のことはバレないはず。
そんな麻尋の甘い考えが透けて見える嘘。
あまりにあからさまで、透ですら内心呆れていた。
しかし、今の京真に正常な判断能力は無かった。
「本当か師匠!?」
そのため最終判断を透に任せた。
彼女が麻尋の傀儡とも知らず。
透は麻尋の顔色を伺う。
ニコニコとしているが彼女には分かる。
頷け。
そんな風に目で訴えかけていた。
「う、うん」
透は肯定した。
これは修行である。
それが認められたことで京真は覚悟を決めた。
羞恥心を抱きながらも透の方を向く。
麻尋は透へとフォークを手渡した。
「行くよ……!」
透が京真の口元へとパスタを運ぶ。
しかし、その手は震えていた。
透もまた、羞恥心を感じていたのだ。
透にとって異性に何かを食べさせるという経験は初めて。
それも公衆の面前で行うなど言わずもがなだ。
緊張と恥ずかしさが表情に滲み出る。
「あ、あーん……」
「あ、あ、あ……」
透の表情を見て京真にも恥ずかしさがぶり返してきた。
開いた口から小さく声が漏れる。
ゆっくりと伸びる透の腕。
近づくパスタ。
そして遂に京真の口にフォークが届いた。
「いってえ!刺しやがった!」
京真は思わず大声を上げた。
口元へと辿り着いたフォーク。
それが透の手の震えによって、前歯をノックしたのだ。
「わざとじゃないもん!」
これはあくまで事故。
そう主張する透。
「修行が足りないね~」
そう言って茶化す麻尋。
彼女は透からフォークを取り上げる。
「透、こうやるんだよ」
すると彼女は再びパスタを巻きつけ、京真の口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
実にスムーズだった。
あれだけ嫌がっていた京真も従順になっている。
それほどまでに麻尋の動きに安心感があったのだ。
逆説的に透を危険視したともいえる。
「さあ、透も」
その言葉に京真は身構える。
フォークが透へと渡る。
先ほどまでの緊張とは異なる緊張が京真を襲う。
透は相変わらず恥ずかしがっている様子だった。
「あ、あーん……」
「あ、あ、あ……」
緊張の一瞬。
京真は同じような事故が起きないよう大きく口を上げ広げた。
透は同じ失敗を繰り返さないよう、慎重に口の中に運んだ。
「え!?」
京真が透の手を握った。
思わず声を上げる透。
「ガハッ、ゴホッ、ゴホッ!」
苦しそうにむせ返る京真。
「コイツ、窒息させようとしやがった!」
「わざとじゃないんだって!」
慎重に口の中へと運ばれたパスタは、大きく口を開けた京真の喉奥にねじ込まれ、危うく京真の命を奪う所だった。
それを京真は大声で非難し、透はその弁解をする。
「あの、お客様……」
そこへ店員がやって来た。
「他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いします」
店内の視線が3人のテーブルに集中していた。
大声で痴話喧嘩をしていたのだから当然である。
それ以前のやり取りを見ていた者もいるだろう。
二人は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
「すみません。よく言って聞かせます」
麻尋が落ち着いた態度で店員に頭を下げる。
それに追随して二人も頭を下げた。
そんな二人は、同じ思いを抱いていた。
(もとはと言えばお前のせいだろ!!)
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