8-1 昼食べる?
京真は目を閉じていた。
それはそれは固く閉じていた。
その固さこそ己の信念の固さだと自分に言い聞かせていた。
「ほらほら~、こっちだよ~」
前方から甘い声で囁きながら麻尋が京真の手を引く。
「ダメだ!こっちに来い!」
後方からは透が必死な声と共に京真を引っ張ろうとする。
「これは修行これは修行これは修行」
京真は念仏のように唱えていた。
3人は買い物のためにショッピングモールに足を運んだ。
そして辿り着いたのがここだ。
ここは京真が足を踏み入れるには憚られる場所。
女性用の下着売り場である。
「なっ……」
京真はこの場所に連れて来られたとき困惑した。
それは当然だ。
思春期の少年は下着売り場の前を通るだけでも緊張するのだ。
「師匠の下着を買うぞー!」
麻尋はテンションが上がっていた。
それも当然だ。
透だけでなく、もう一人面白いおもちゃが手に入ったのだから。
「いや、俺はここで――」
「精神を鍛える修行だ!さあ来い!」
「お前はそこに座ってろ!」
そうして今に至った。
下着売り場に連れ込まれそうになって慌てて瞳を閉じた。
前から後ろから引っ張られて体の向きが変わる。
もはや出口がどの方向なのかも分からない。
京真のとれる選択肢は不動しかなかった。
「こうなったら仕方ないな」
麻尋がため息をつく。
やっと折れてくれたか。
京真は一安心した。
だが、麻尋はその程度でおもちゃを手放さない。
「京真君、心眼を鍛えるのだ!」
「心眼、だと……?」
麻尋の言葉に京真は興味をそそられ、透は嫌な予感がした。
「君は目を閉じたままで、私たちが適当な場所まで誘導する。その場で心眼を使って、君がどれかを選んで指を差すって流れで行こう」
透は何も言わない。
しかし、あからさまに嫌な表情をしていた。
これは透にできる唯一の抵抗である。
麻尋がやる、と言ったからにはやるのだ。
それが彼女たちの関係性。
京真は目を瞑っているため、透の表情を見ていない。
なのでその沈黙を肯定と受け取った。
「わかった」
京真が返事をしたことで麻尋の案が採用された。
透と麻尋はデザインについて相談をしながら京真の両手を引いて歩く。
「よし、ここで止まって」
二人は京真から手を離した。
ここから先は京真一人の選択になる。
京真は一回転を命じられた。
どの方向を向いているのか分からなくするためだ。
「さあ、君の心眼を見せてみろ!」
「そこだ!!」
京真は足を1歩踏み出し、勢いよく指を差した。
壁やラックではない感触が指に伝わる。
手応えあり。
京真は自身の心眼が機能したことを素直に喜んだ。
「最近のパッドってのは思ったよりも柔らかいんだな」
達成感を感じた京真は率直な感想と共に目を開く。
するとそこには、顔を真っ赤に染め上げた透。
そして、その胸に触れる長い指があった。
「死ね!」
紺のワンピースから細い足が天井に向けて伸びる。
透のかかと落としが京真の頭蓋を襲った。
思わず京真は膝をつく。
その間に透はそそくさとどこかへ行ってしまった。
「痛え……」
重いダメージを受けて動けない京真。
その傍らに麻尋がしゃがみ込んだ。
京真の顔を覗き込みながら小声で京真に問いかけた。
「今の蹴り、見えた?」
これはクラスメイトの使う隠語になっているようだ。
「ああ。大人っぽい黒だった」
その言葉を聞いて、麻尋は嬉しそうな顔をして透を探しに行った。
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