4-1 かわいそう?

 透は辟易していた。

 入学式の翌日朝、学校へと辿り着いた透は待ち伏せにあったのだ。

 その人物は昨日弟子入りを志願した千堂京真である。

 校門で京真と目が合うと、京真は90度頭を下げた。

 実際にやってみると意外とキツイ体勢だが、見事なフォームで透に向けて頭を下げ続けている。

 透は昨日の事を思い出し、純情な乙女心を弄んだ京真に怒りが湧いてきた。

 それ故に見なかったことにして下駄箱に向かう。

 京真は頭を下げたまま透について行き、靴を履き替える。

 透はそれすらも無視して教室へ向かうが、京真は頭を下げたままその後をついてくるのだ。


「ねえ、あれ何かな?」

「うわ、めっちゃ頭下げてる」


 廊下を歩くだけで奇異の目を向けられ、恥ずかしくなった透は歩調を早める。

 それに合わせて京真もスピードを上げた。

 透が止まれば京真も止まり、透が急げば京真も急ぐ。

 横から見るとケンタウロスのような不気味な光景だった。


「おはよう、麻尋」


 透が教室に入ると親友の麻尋の金髪が見えたので声をかける。

 それに気付いた麻尋は、自分の席へ向かう透とその後ろをついてくる男を交互に見た。


「何してるの?ドラクエ?」


「私はドラクエはやらないの」


「ふーん。じゃあ何してるの?」


「気にしないで」


 説明するのも面倒な上に、弟子を取るつもりもないので透は麻尋の質問をはぐらかした。

 

「あっ、そうだ!」


 麻尋はまだ京真が気になる様子だったが、それよりも重要なことを思い出したようで、透のすぐ傍までやってきて別の話をしだした。


「私がプレゼントした黒い下着どうしたの!?」


「ちょっとそんな大声で……!」


 顔を赤く染めながら、麻尋を落ち着かせようとするが麻尋は止まらない。


「いいから答えて!」


「家にしまってあるけど?」


「なんで!」


「大事な時に着ようと思って……」


「入学式に履かないでいつ履くの!ピンクの水玉なんて履いてる場合じゃないでしょ!」


「な、なんでそのこと知ってるの!?」


 透は麻尋に顔を近づけて、周囲に聞こえないよう小声で叫ぶ。


「そこの京真君が言ってたよ」


「お前か!」


 透は素早く立ち上がり、傍らで頭を下げる京真の頭部に後ろ蹴りを喰らわせた。

 京真の体は洗面所の蛇口のように、頭を下げたまま横に90度回転した。


「今日は全校集会だから廊下に出ろよ」


 透が追撃のアッパーを入れようと思った時、担任が教室に入り移動の指示を出したので、代わりに麻尋の手を取ってその場を離れる。


「早く行こう、麻尋」


「京真君、大丈夫~?」


「こんな変態甘やかすな!」


 透は相当怒っているようで、ずんずんと力強く歩いて行った。


「大丈夫かよ、京真」


 そう言って京真に近寄ったのは茶髪の男だった。

 彼の名は筧涼かけいりょう

 クラスで最も軽薄な男である。


「予備動作が少ないいい蹴りだ。衝撃を逃がしきれなかったぜ」


 涼は京真に怪我が無い事を確認し、一安心した。

 そして、彼にとって最も重要な質問をする。


「それで、今の蹴りは見えたか」


 涼の真剣な眼差しを前に、京真は心が通じ合った。

 

「ああ……」


 周囲の生徒が固唾を飲んで京真の言葉を待つ。


「水色の縞々だった」


 すでに透が出ていった教室は、ものすごく沸いた。

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