第38話

「何者だッ」

 

 闘気が魔王より吹き荒れる。

 それは王としての威厳のある静かなる闘気ではなく、獣ような本能むき出しの荒々しい闘気。

 

「……ッ!!!」

 

 魔王は今、己の目の前にいる敵を王としての立場を捨て、何もかもを犠牲にしてでも戦わなくては勝てぬ相手であると判断した。


 当然だ。

 梨々花は僕の妹なのだ。

 この僕の……他とは絶対的に異なる三姉弟の末っ子なのだ。

 僕が少し力を分けた上げただけの存在ごときが勝てるような相手ではない。


「ふむ……思ったよりもいい茶葉だ。また買おうか」


 まぁ、梨々花は本気など出さぬだろうが。いや、出せないという方が正しいけど。

 未だ梨々花は僕がただの人間であると思っている。未だに何故僕がこの世界にいるのか理解出来ていないだろう。

 梨々花はどうあがいても気付け無い。気付けるのは最期の最期。

 僕の茶番の準備が終わってからだ。

 

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 魔王の咆哮。

 振るわれる片翼の剣。既に片翼は折られている。


「無駄ね」

 

 梨々花の圧倒的な力を前に。

 彼女の手に握られているのは一つのビームサーベルと一丁の超電磁銃。

 この世界の人間ごときでは理解の及ばない超技術と絶対的な力の……そのほんの僅かな一端を見せているに過ぎない。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 それでも魔王は何も出来ない。

 ビームサーベルによって己が攻撃はすべて落とされ、超電磁銃で己が体を撃ち抜かれる。

 そこで繰り広げられているのは一方的な虐殺。

 慈悲も、救いも何もない。

 ただの蹂躙劇である。


「ぬぅ……」

 

 既に死にたいと化した魔王はもはや戦えぬ。

 それだけの力ももはや残っていない。既に詰み一歩手前。


「……ふー」

 

 それだけの。

 あまりにも絶望的すぎる状況。

 

「後は任せた」

 

 出来るのは逃亡のみである。

 

「「「おまかせを」」」

 

 魔王は己の恥も外聞も捨て、海に飛び込み、逃走を開始する。

 その時間稼ぎを行うのは海に沈むながらも……生き延び、静かに息を潜めていた圧倒的な強者に分類される魔族が数人である。


「……煩わしい」

 

 梨々花、マキナ、レイン、レル。

 この四人を前に彼ら、彼女ら魔族は何も出来ずに海の藻屑となって死に絶えていく。

 しかし、魔王がこの場から逃げおおせるだけの時間は稼いだ。

 

「おつかれさま」

 

 一人、優雅にお茶を嗜んでいた僕は口を開く。


「お兄……」

 

 そんな中、梨々花はか細い声で僕の名前を呼ぶ。


「ん?僕がどうかした?」


 僕はそんな梨々花に対してほんわかとした声を返して首を傾げる。


「ううん。なんでも無い」


「そう?……それなら良いけど」

 

 僕と梨々花は軽い言葉を重ね合った。

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