第10話、サパースールの火


 人族軍陣地の中心に少女を肩車する男がいた。


 身長は185センチ、黒髪でぼさっとしたロン毛、下は軍服で上はタンクトップ、少し猫背でやる気が無さそうな風貌だ。

 片目は髪で隠れ見えないが、反対側の瞳は吸い込まれそうな深い闇。目の下には濃いクマできてる。


 肩には『8』の刺青ナンバータトゥーがある。


 男に肩車をされている少女は真っ赤なペンキをぶちまけたような赤い長い髪で緋色の瞳をしている。

 身長は142センチ、鋭い目付きの小柄な少女だ。



 人族兵がこの二人に駆け寄り戦況を報告する。


「カオス・ウルク様、ステラ・ヴィヴィトレア様、アテナ・ウルク将軍が撃ち取られました」


 その報告を聞いて赤い髪の少女ステラが不機嫌そうに答えた。


「見てたわ。あの女、あの程度なら傷一つ付かないでしょうね。長引くと面倒だし双星そうせいでとっとと終わらせるわよ、カオス?」


「姉さんは怒ると思うけど、マザーの意思に沿っている。俺は構わない。……おい!」


「はッ!」


「もうすぐこの戦場は消滅する。逃げるよう指示を出しておけ」


「ははッ!!すぐにッ!」


「手加減なんてできないし、間に合わないわよ。……人族なんてみんな死ねばいいのよ」


「お前変わったな」


「変えたのは貴方達でしょ?何人殺したと思ってるの?できれば、あの女ごと葬りたいわ」


「お前には無理だ」


「ふん。分かってるわ。玩具おもちゃがいちいち反論するな」


「…………」




「始めるわよ」


【私に眠る火の精霊フレア 私の声が聴こえるかしら? その力を解き放ち私に力を貸しなさい 『マナに愛された最初の子ステラよ 貴女に力を授けます』 ふん。ありがと】


 ステラの声に火の精霊フレアが答えた。彼女は両手を開く。


「――――天火てんか 双星そうせい!」



 ステラの手のひらから、激しく発光するこぶし程の球体が出現した。彼女は左右2つの球体を空に放つ。


 球体の間隔は約1メートル。平行しゆっくりとしたスピードで戦場の中心に向かって飛んでいく。


 2つの球体から発せられた激しい光で、戦場にいた兵士達の足元には太陽光とは別の方向に濃い影ができた。


 前線で戦っていたカロヴァ族と人族、空にいた風族の巨鳩空戦団、後方で弓を構えていたコーリ族、別の戦場で戦っていたサラサやエド達でさえも、戦場にいる誰もがその光を見ずにはいられなかった。



 それはエリシアとアテナも例外ではい。


「なっ!とてつもない高濃度の魔力……ッ!」


「ああ。これがレベル6の炎魔法だ。間もなくこの戦場は跡形も無く吹き飛ぶ。死にたくなければ引くことだな」


「なぜ私を殺さないのか、不思議ですが……、それはできません。私には皆を守る指名があります」


「好きにするがよい。うむ、そうだな、受けとれ」


 アテナは軍服のポケットから蒼い宝石を取り出すとエリシアに放り投げた。エリシアはそれをキャッチする。


「これは……?」


 宝石はエリシアの手に渡った瞬間、崩れて砂になりキラキラと舞ってエリシアの体に纏った。


「いったい何をしたのですか?」


「直ぐにわかるさ。それよりあまり時間がないぞ」


「くっ、いつか貴方を倒します」


「せいぜい励め」


 エリシアはアテナをひと睨みすると蒼翼で空へ飛んだ。






「あの光は危険です!直ぐに退避してください」


「エリシア……、分かった。みんなー!退避だ!逃げるぞーっ!」


 エリシアは空にいる仲間に危機を伝えると、リリウスの元に向かう。



「お祖父様っ!」


「エリシア!無事で良かった」


「あの光は蒼龍の数百倍、魔力を秘めています!それがもうすぐ爆発します!逃げてください!」


「なん……だとっ。……だが私は逃げる訳にはいかない立場だ。お前だけでも逃るんだ」


「私だけ逃げることはできません!お祖父様っ!」


「だめだ、お前は逃げろ!!行くんだッ!早く行け、エリシアッ!」


 リリウスは生涯で初めてエリシアを怒鳴った。




「せっかく新調した軍服が台無しだな」


 アテナは空を見上げながら呟く。




「あーあ、全然逃げれられていないよ。こりゃ全滅だ。アテナ姉さんに怒られる」


 カオスはボソボソと独り言を言う。


 ステラが開いてい左右の手のひらを合わせた。


「――――天火 双星衝突そうせいしょうとつ




 アテナのちょうど上空にあった二つの球体は互いが引き合うようにゆっくりと衝突する。


 戦場が真っ白になる激しい光が走り、遅れて爆発が起こった。それは小さな星と星との衝突を思わせる破壊力だった。


 後に『サパースールの火』と呼ばれるこの爆発は王都メリアでも観測される。爆心地が光り暫くしてから爆発音が届いたという。

 また10キロメートル以上離れた別の戦場では大地の揺れを観測し、小石が降ってきた。


 爆発の余韻が冷めた戦場は、全域が巨大なクレーターになり、何も残っていなかった。





『サパースールの戦い』は2日間に及び人族軍2万人は全滅し獣族軍はこれに勝利する。


 だが、この戦いで獣族軍は約16万人の死者とたくさんの負傷者を出す。また、将軍アテナは戦死したと推測されたが、『サパースールの火』を放った火族の少女は爆発と同時に戦場から肩車をされ離脱している姿が巨鳩空戦団によって確認されていた。


 エド達ガルレオン族の精鋭はナンバー11巨人に敗北しエド、サラサ、ボボは重症を負った。


 地族王子のドーバは戦闘開始直後、大魔法で大量の人族と火族を倒すが、その後、ナンバー4ヘルメスタに敗れ早々に戦線を離脱した。


 最終的に獣族軍数万対ヘルメスタ、巨人2名の戦闘になったのだが、彼らは休まずに戦っているのにも関わらず全く疲労を見せなかった。そして、誰も彼らに致命傷を与えることができなかった。


 エリシアは戦場から離れた場所で気絶しているところを獣族軍に保護された。発見された時、エリシアは無傷だった。





 『サパースールの戦い』から3ヶ月後、再び港町ウィスターからメリアに向けて人族軍約2万が進軍する。

 人族軍の先頭にはアテナ、ヘルメスタ、巨人の3人の姿が確認された。


 これを受けてメリア貴族議会は人族に降伏する方針を固める。『サパースールの火』が王都に放た場合、甚大な被害が出ると予想されたからだ。


 この時、国王の子息ロード・ラビ・メリア王子と息女リリエラ・ラビ・メリア王女は一部の保守派貴族と共にレオドラ平原に身を隠した。





 王都メリアを訪れた人族軍は無血で王都の制圧に成功する。


 その後、メリア貴族議会と人族は協議を重ねるが、メリア側の要求は一切通らなかった。


 人族がメリアを制圧してから3ヶ月後、メリア国王及びメリア貴族とその家族347名は王城前の広場で公開処刑されることとなる。


 国王の最後の言葉はこの国の安寧あんねいを願うものだった。






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