第11話 レオドラ平原撤退戦の幕開け



 人族が王都メリアを実効支配しても統治体制に急な変化はなかった。

 また今回の戦争の諸悪はメリア王や貴族にあったと国民に伝えられた。


 それでも人族に対して不満を持つ者は多かった。旧貴族の臣下、戦争で家族や友を失った者、メリア王国の未来を憂う人々である。彼らはレオドラ平原に潜む亡き王の子息ロード・ラビ・メリアの元に集まった。





 メリア王の死から約1年後。


 人族はレオドラ平原に集まる反人族勢力を見逃さなかった。ロード・ラビ・メリアとリリエラ・ラビ・メリアの討伐が検討される。


 レオドラ平原に近い農村に訪れた人族の先遣隊(せんけんたい)数十人が農民の少女に手を掛けたことで事件が起こる。農民と先遣隊が争い、先遣隊数人が重症を負った。


 数ヶ月後、この事件がきっかけとなりメリアからレオドラ平原向けて討伐軍約2万が出陣する。この軍を指揮していたのはナンバー4ヘルメスタ・ジーケット大佐である。


 しかし、1年前にレオドラ平原に逃亡後、すぐにこのことを予期したロードとリリエラはフォーランス大森林とボーチ平原の北に位置するスカル高地に移住する計画を立てていた。


 スカル高地には熊の獣族スカルベア族が住んでいる。

 二人はスカルベア族と協議を重ね、スカル高地に数十万人の移民を受け入れてもらう了承を取っていた。

 

 移民希望者は約33万人集まり、数回に分けてレオドラ平原からゼムリア山脈を横断してボーチ平原の北端を通りスカル高地を目指すルートで亡命することになった。開拓されていないルートを通る為、各所に風族やガルレオン族の戦士が配置され魔獣から移民を守った。








 人族の討伐軍がレオドラ平原に訪れた日、最後の移民が出発の準備をしていた。

 そして、殿(しんがり)を務めるガルレオン族2万と人族軍2万がレオドラ平原で対峙した。


 ここに『レオドラ平原撤退戦』の幕が上がる。



「族長!敵はざっと2万ってとこです。赤い髪のちっこいのがちらほらいやすね」


 ガルレオン兵の斥候が族長のエド・ガルレオンに敵陣の様子を伝える。

 火族は赤い髪で身長が低いという特徴があった。


「やはり火族を連れてきたか」


「ヘルメスタはいたか?」


「ええ、後ろの方に」


「そうか。ヘルメスタが出てきたら俺達の隊が殺る!ボボついてこいよ」


「うっす!」


「おっし!人族は大したことない、相手にするな。後続の隊に任せればいい。俺たちは火族を叩くぞ」


「「「「「応(おう)ッ!!!」」」」」


「先ずは火族1人に対して3小隊で一気に投槍(とうそう)する。投槍を躱すようならレベル5を使う可能性がある。距離を取りつつ複数の隊で取り囲め。奴等が陣形を組む前に攻撃を仕掛けるぞ」


「「「「「応(おう)ッ!!!」」」」」


 ガルレオン族は5人から10人の小隊がチームプレーで獲物を狩ることを得意としている。

 族長エドの元にガルレオン精鋭部隊の小隊長達が集まり作戦の指示を受けた。


 それが終わるとエドは嘗て、己の隊長ジルだったジルの元へ歩み寄る。


「ジルさん、後続部隊は任せました」


「ああ!行ってこい」


「はいッ!」





 エドはガルレオン兵2万の陣の中心で叫ぶ!


「出撃ッ!!ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 エドの咆哮が戦場に響き、2本の槍を持ったガルレオンの精鋭2千人は各隊で固まり戦場左右いっぱいに広がって駆け出した。

 彼らのトップスピードは時速100キロメートルに達する。人族軍までの距離約2キロメートルを僅か75秒で駆け抜ける。



「とぉお そぉおおおおおッ!!」


 エドは走りながら叫ぶ。


「「「「「ガッ!!!」」」」」


 人族軍までの距離約50メートルの位置まで一気に突進した精鋭2千人が駆けながら一斉に空高くジャンプした。

 跳躍の高さは10メートル。その最高到達点から2千人が一斉に槍を投げる。


 ガルレオン流槍術 奥義『投槍(とうそう)』。


 必殺の威力を秘めた2千本の槍は人族軍に紛れる赤い髪を狙って放たれた。


 前衛にいた火族が次々に倒れる。



 だが、中には投槍を躱す火族もいた。


「んにゃろ、俺の槍を避けやがった!」


「サゴ隊長の槍が弱いだけだろッ」


「んだとッ!って、サラサ1人で突っ走るんじゃね」


「あたしがあいつの魔法を引き付ける!……千視界(せんしかい)」


 サラサは単騎で駆け出す。両目に強力な魔力光が浮かんだ。



 人族陣営の中で――。


「あっぶないなぁー」


「エリオ様ご無事ですか?」


「うるさいゴミが!」


 ガッ!


「ひっ」


 人族の兵士をゴミと呼び顔を殴って払い除けたのはエリオ・ヴィヴィトレア。赤い髪で少年のような見た目だが火族の伯爵である。


「この虫けら風情が、僕の魔法で灰にしてやる。

 ……我に眠る火の精霊よその力を解き放て! 蒼火(そうか) 九頭竜(くずりゅう)」


「ぎゃああああ!!」


「たっ たすけてぇ!!」


 エリオの回りにいた人族の兵士はエリオから伸びた大蛇のようにうねる9本の蒼い炎に焼かれて灰になった。



 そんなエリオをサラサは走りながら睨み付ける。


「なんてヤツ、仲間を……。あの蒼い炎、レベル5か……。けど射程は短そうね。なッ!」


 蒼い大蛇のような炎がエリオから30メートルくらい離れた位置にいたサラサに向かって素早く伸びた。


 サラサは千視界で一寸先のビジョンが見えていたため、これを横に飛んで回避できた。

 サラサを通り過ぎた蒼い炎の大蛇は後ろの精鋭部隊を飲み込み、更に後ろの後続の部隊にまで達した。

 蒼い炎の大蛇が通った後は何も残っていなかった。


「虫けらが躱すとは思わなかったよ。……ん?驚いた顔をしているねぇ。僕達火族はさ、地族みたいに頑丈でもないし、風族みたいに素早くもない。だけどね。魔法の威力は一番なんだッ!」


 再び蒼い炎の大蛇がサラサを襲う。次々に迫り来る大蛇の軌道をサラサは千視界で予期し、ギリギリのところで躱す。



 サラサの後方では――。


「ちきしょーっ!何人殺られたッ!?」


「サゴ隊長どうする?」


「残った奴等は全員俺の隊に合流しろッ!」


「「「おっす!」」」


「サラサが隙を作ってくれる。距離を取りつつ散開して全方向から一斉に投槍するぞ!合図は俺が出す」


「「「おっす!」」」


「いいかっ!間違ってもあの蒼い炎に触れるなっ!跡形も残らねーぞっ!おしッ、行くぞッ!」


「「「うおっすッッ!!!」」」


 サゴの元に集まったガルレオン兵精鋭の生き残り約20名は駆け出す。



 エリオは殺戮が楽しくて笑っていた。


「ほらほらっ!逃げてるだけじゃ僕は倒せないよ」


「くっ!近づくにもお前の回りはその蒼い炎だろうが!」


「あははっ。所詮は虫けらだな。僕に触れることすらできず焼かれろッ!」


 サラサは息をつく間もなくひたすら躱す。絶え間ない連続攻撃。僅かでも気を緩めれば蒼い炎に焼かれる。




「おしッ!今だ!・・・とぉおお そぉおおおおおッ!」


 戦士達がエリオを中心に四方八方に広がったことを確認したサゴは叫んだ。


「「「おぉおおおおッ!」」」


 戦士達は再び空高く飛び上がり槍を投げる。


「ちっ、ふざけた真似を」


 エリオは九頭竜を空に展開して上から飛んで来る槍を全て焼き払った。


 だが、九頭竜を空に展開したおかげで、地面と炎の間に少しだけ隙間ができる。



「おらぁな、ガルレオンの中で一番足がはええんだよッ!おらッ!!」


 サゴは投槍しなかった。仲間が投槍すると同時にエリオに向かって走っていた。

 九頭竜と地面の隙間をスライディングで潜り抜けたサゴは槍でエリオを突く。



「なっ……」


 しかしサゴの槍は躱されていた。

 エリオの脇腹をえぐり鮮血が飛び散るが、致命傷じゃない。


「痛い……虫けらがぁああああ!」


 エリオの回りで九頭竜の蒼い炎が数倍に膨れ上がる。


「ちきしょーッ!」



「サゴおじさんッ!…………え?」


 サゴが蒼い炎に包まれようとしている。

 その時サラサの頬を優しい風が撫でた。


 サラサは空を見上げる。

 上空には数羽、大きな鳩が飛んでいた。ついさっきまでそこにはいなかった巨鳩が。それは風族の援軍を意味していた。


 そして巨鳩の背中から少女が地上に向かって飛び降る。

 金色の三つ編みの少女だった。


「エリシア」


 サラサは呟く。






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