第8話 エリシアvsアテナ


 ウィスター港海戦から1年後。


 港町ウィスターは人族が実効支配していた。

 獣族側はこの1年間で何度かウィスター奪還作戦や兵站(へいたん)線襲撃作戦を決行したが全て失敗に終わっていた。


 そしてこの日、ウィスターに潜伏していた密偵から王都メリアに情報が入る。人族軍約2万人がメリアに向けて進軍するとう情報だった。


 メリア貴族議会は荒れた。

 『ウィスター港海戦』後、メリア貴族議会は人族に降伏し話合いで既得権益を守ろうと考える穏健派と徹底抗戦を唱える保守派とで意見が割れていたからだ。


 しかし、協議を重ねた末、メリア貴族議会は保守派がまとめ上げることとなる。

 いくつかの理由がその原動力となった。


 まずレベル6の土魔法を使用できる地族王家のドーバ・ゼムリア王子と地族部隊の参戦である。

 地族は全種族の中で最強の存在として知られていた。その中でも王家の力は特別だった。


 地族の国はユーリアス大陸の南東部に位置してる。同じ大陸の北西部あるメリアとは交流があったが、大陸を越えたアトラス大陸の人族とは殆ど交流がなかった。

 メリアを人族が実効支配することは、後に地族を危険にさらすと地族側は判断したのだ。


 次にガルレオン族最強の戦士エド・ガルレオンの参戦。それと獣族側は約30万人の兵士を動員することができるということ。

 また、近年豊作が続き十分な兵糧(ひょうろう)の確保が可能で長期的な戦いになれば人数、物質で圧倒的に勝る獣族は有利だと判断された。


 そして最後にレベル5の風魔法を操れる風族のエリシア・フォリスと風族約1万人の参戦である。



 この徴兵でエリシアとサラサは約5年ぶりに王都メリアで再会した。





 3か月後。


 王都メリアから南西に約100キロメートル離れたサパースール平野が戦場の舞台となった。


 『サパースールの戦い』の幕開けである。


 エリシアの部隊はナンバー7アテナを、地族の王子ドーバの部隊はナンバー4ヘルメスタを、エドやサラサ達ガルレオン主力部隊はナンバー11巨人をそれぞれ倒す作戦が立てられた。




 広大な麦畑は耕作放棄地帯となっている。

 均整な田畑には雑草が生え、手入れのされていない寂れた大地になっていた。


 その田畑を約1キロメートル挟んで南側に獣族軍約7万と北側に人族軍約6千が睨み合っている。


「アテナ・ウルク将軍。申し上げます!斥候より伝達。現在獣族軍約7万。まだまだ、終結とこと」


「うむ、ご苦労。……そろそろ時間か。兵を集めたまえ。これより進軍する」


「「「はっ!」」」



 人族軍側から黒い軍服を着た銀髪の女が獣族軍約7万に向かって一人でゆっくりと歩いてくる。背中には身の丈程もある大剣を帯刀していた。


 そして獣族軍からも一人の女性が軍服の女に向かって歩き出した。身長は155センチ金色の長い三つ編みに痩身な体、見た目は20歳前後、美しい女性だった。


 二人は両軍が睨み合う中央で距離約20メートルくらいの位置で足を止めた。


「初めまして、私は風族のエリシア・フォリスと申します。アテナ・ウルク将軍とお見受けします」


「うむ。如何にも。アテナ・ウルクだ」


「このまま引き返していただけないでしょうか?我々は戦争を望んでおりません」


「エリシアと言ったか、それは受け入れられぬ相談だ」


「そうですか……、ならば、ここであなたを殺すしかありません」


「ああ、だがそれ叶わぬ」


 エリシアは凛とした表情で腰の短剣を抜きアテナを見つめる。

 アテナは無表情を崩さない。ただ、高圧的でもなく真っ直ぐにエリシアを見つめていた。


 

「我に眠る風の精霊よ その力を解き放て…… 蒼風 翼(よく)」


 エリシア体が蒼い暴風に包まれる。


「レベル5か。……ギア サード」


 アテナの呟きと共にエリシアが消えた。

 エリシアは音速に達する早さでアテナの懐に潜りこみ、右手で逆手に持った短剣をアテナの胸に突き付けて、左手のひらで柄頭(つかがしら)押す。

 アテナの心臓を狙った必殺の突きである。


 だが、その刃先は刺さる寸前でアテナの指先に摘ままれ、ピタリと止まった。

 表情を崩さないアテナに対して、必殺の一撃を止められたエリシアの顔には小さく焦りが浮かぶ。


「素早いな」


「止められるとは思いませんでした」


 アテナがエリシアの短剣を胸の位置で止めた状態で会話が始まる。


「お前はレベル6を使えるか?」


「っ?さあ、どうでしょうか」


「うむ、ならば実力を見せてみろっ」


 そう言いながらアテナは鋭い膝蹴りを放つが、エリシアは蒼風 翼で空に上昇しこれを躱(かわ)す。



「どれ、隙を作ってやるか」


 アテナは小さく呟くと地面を蹴ってエリシアを追った。


「なっ!?」


 ブンッ!


 アテナは上空で翼を使ったエリシアに追い付くと大剣を一振りする。エリシアは翼で体を捩(よじ)りこれを躱(かわ)そうとするが、僅かに掠(かす)りエリシアの長い三つ編みが肩口で切られる。三つ編みでウェーブの癖が付いた金色の髪が強風で解けてなびく。


 飛んだ勢いでエリシアよりも更に上昇したアテナの自由落下が始まった。

 エリシアは翼で空中に静止している。


「フィリム見ていてください」


 エリシアが呟いた。



「我に眠る風の精霊よ その力を解き放て…… 蒼風 蒼龍(そうりゅう)」


 エリシアの周囲に縦横無尽に暴れる巨大な蒼い竜巻が発生した。その竜巻の先端は風の流れで巨大な龍の顔の様に見える。エリシアはその蒼龍の鼻先をそっと撫る。


「蒼風 龍牙(りゅうが)」


 エリシアは蒼龍を撫でた腕をアテナに向けて払った。


 ゴォオオオオオオオオオッ!!!


 蒼龍は風の咆哮を放ち、自由落下するアテナに向かって突進する。



 だがその巨大な魔法を見たアテナはつまらなそうな顔をした。

 蒼龍は大口を開けてそんなアテナを呑み込む。


 蒼龍の中はウィンドカッターのように吹き荒れる風で体が切り刻まれ、普通であればミンチ状態になる。

 アテナを呑み込んだ蒼龍は空中で暴れた後、地面に激突した。


 辺りに土埃が舞いそこには巨大なクレーターができた。


 獣族軍側から大きな歓声が上がった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る