第5話 サラサ


 サラサ誕生から1年。


「アウ アッ」


「笑ってますね。サラサ~、エリシアですよ~、ベロベロバァ~~」


「マァマ マァマ」


「私はサラサのママじゃないんですよ~」


「マァマ」


「かわいいですね~。ほーら抱っこしましょうね~。……わっ!!おしっこ出ちゃいましたねぇ~。私の服もびっしょりです。ふふふ、お尻拭きましょうね~」




 サラサ誕生から3年。


「ねぇ、エィシア」


「ん?なんですか?」


「これつくったの」


「わぁー!これは何ですか?」


 サラサは積木でよく分からない物を作っていた。


「エィシアだよ」


「わ、私ですか?上手ですねぇ~!サラサは凄いですね~」




 サラサ誕生から5年。


「ねぇ、エリシア」


 エリシアが夕食の準備をしていると、勝手口から顔を覗かせたサラサに呼ばれた。


「ん?なんですかサラサ?」


 エリシアがおもてに出るとサラサの顔には擦り傷があり、服は泥で汚れていた。


「どうしたのですか?」


「村の子たちと喧嘩したの」


「そうですか。何かあったのですか?」


「だってみんな、ボボに悪口言ったんだよ。弱虫とか泣き虫とか。悪口言うのは悪いことだよね!?」


 ボボはサラサの乳母の息子でサラサとは兄妹のように育てられた。


「そうですね。ボボのことを守ってあげたのですね?」


「うん。ボボかわいそうだから」


「ふふふ、偉いですね。でも喧嘩はダメですよ。後で喧嘩した子にちゃんとごめんなさい、しましょうね」


「……ん」



「ふふふ。サラサ抱っこしましょうか?」


「うん。だっこして」


 エリシアはサラサを抱き抱えた。


「サラサは5歳になっても甘えん坊さんですね~」


「だって、エリシアのこと大好きなんだもん」


「ふふふ、私もサラサのことがだーい好きですよ~」


「ねぇ、エリシア」


「ん?なんですかサラサ?」


「どうしてエリシアはあたしの本当のお母さんじゃないの?」


「そうですね~。……大人になったらわかりますよ」


「やだ!エリシアがあたしのお母さんがよかった!」


「ふふふ、大丈夫ですよ。ずっとサラサのそばにいますから」


 エリシアはサラサが生まれてからはエドの家に住込みでサラサの世話をしている。大使の仕事と魔法の研究をこなしながら、それ以外の食事や寝る時間等は全てサラサと過ごしていた。


 当初はサラサが5、6歳になったらフォリスに帰ろうと考えていたエリシアだったが、この生活はまだまだ続くことになる。





 サラサ誕生から8年。


「ねぇ、エリシア。今のはうまくできた?」


「ええ、とても良かったですよ。でも、もう少し魔力の流れを意識してゆっくりやってみましょうか」


 サラサは槍を構えて体の力を抜く。体全体にうっすらと白い魔力光が浮かぶ。

 そこからゆっくりと突きを繰り出す。すると使う筋肉の部分の魔力光が強くなる。


「良いですね!サラサは魔力を操るのが本当に上手です」


「えへへへ。でも、まだエリシアや父さんみたいに魔力光が見えないよ」


「ふふふ、すぐに見えるようになりますよ。それでは、次はボボの番ですよ」


「おで魔力むずかしい……」


「大丈夫ですよ。少しずつですが、ボボは上達してますから」




 サラサ誕生から12年。


「ねぇ、エリシアっ!これでいいかな?おかしくない?」


「ええ、よく似合っていますよ。可愛いです」


「……そうかな」


「ほら髪を整えますから座ってください」


「はーい」


 町で買ったワンピースに着替えて、いつもよりお洒落をするサラサ。


「……サゴおじさんも結婚かぁ」


「ふふふ、そうですね~。女性には興味がないって言っていましたが、本当におめでたいです」


 今日はサゴの結婚式。二人は結婚式に参加する準備をしていた。

 独身を貫いていたサゴだったが、11歳年下でガルレオン族では珍しいおっとりとした雰囲気の女性と結婚することになった。


「ねぇ、エリシア」


「ん?なんですか?」


「エリシアはいつ結婚するの?」


「そうですね~。サラサよりは早く結婚したいですね。ふふふ。」




 サラサ誕生から17年。


 エドは武術大会で5年連続で優勝した。その強さと人望の厚さ、それに加え前族長の親戚家系ということもあり、族長に就任した。


 エリシアとサラサは二人で夕食を囲っていた。


「エドは最近帰りが遅いですね。サラサ、サゴ隊はどうです?」


「うーん。サゴ隊長は強い魔獣が出るとすぐに逃げるから、少しつまらないかな」


「そうですか。ふふふ、サゴは昔から逃げ足だけは一番でしたからね。でも、それでいいんですよ。絶対に無理はしないでくださいね」


「わかってるよ、……ねぇ、エリシア」


「ん?」


「あのね。今日サゴ隊の人に付き合ってほしいって言われたんだ」


「えぇ!そうなんですか?この前も村の子に好きって言われてたじゃないですか」


「うん。でもまだそう言うの分からなくて」


「うーん。もしかしてボボのことが気になってるんじゃないですか?」


「なっ!はっ!そんなことないからっ!ボボは弟って言うか、昔からあたしが守ってあげてたし」


「でも、今はエドの隊で活躍しているみたいですよ」


「ふん。武術大会ではあたしが勝ったし!まだまだだよ」


「ふふふ。それで?サゴ隊の人とは付き合うんですか?」


「うーん。そんな気にはならないんだよなー」


「そうですか。焦らずゆっくり考えれば良いですよ。でも返事はちゃんとしてあげてくださいね」


「はーい。お母さん」


「もう。またそんなことを言って」


 この数ヵ月後サラサとボボは付き合うことになる。






 サラサ誕生から20年。


「ねぇ、エリシア・・・」


「ん?なんですか。サラサ」


「今日ね。……ボボからプロポーズされたの」


「そうですか…………。良かったですね。ふふふ」


「エリシアどうしたの?涙が……」


「えっ、あっ、いえ。昔ベルダがエドからプロポーズされて私に相談に来たときのことを思い出してしまって」


「母さんが……」


「ええ、今のサラサと同じ表情をしていましたよ」


「そっかぁー。……あたし結婚しようと思う」


「ええ、そうですね。それがいいと思います。本当に良かった」


 これより数ヵ月後サラサとボボは結婚した。




 サラサ誕生から21年。エリシアがガルレオンの大使に就任してから27年が経過していた。

 エリシアは44歳になっていたが、見た目はガルレオンに来た当時17歳の少女のままだった。

 そして、新しい大使に引き継ぎを終えたエリシアは本日フォリスに帰還する。


「エリシア……」


「サラサ、暗い顔をしたらダメですよ。フォリスに帰って結婚して、落ち着いたらまた遊びに来ますから」


「うん」


「ふふふ。ボボ、サラサを守ってあげてくださいね」


「おで頑張る。絶対にサラサを幸せにする。師匠今までありがとう。おでが強くなれたのは師匠のおかげだ」


「ボボは強くなりましたからね。身長もエドより大きくなって……本当に凄いです」


「ふん。ちんたらしてるから俺の方が先に結婚もしたし子供できたな!まぁせいぜいフォリスに帰ったら俺に追い付けるように頑張るこった」


「そうですね。頑張ります。サゴ、いつも影からサラサやボボの面倒も見てくれていましたね。とても感謝しています」


「なっ!そんなことしてねーよ。だいたい俺はガキには興味ねーんだっ」


「ふふふ。今まで本当にありがとうございました」


「ふんっ」


「エリシア……、結局殆どの育児を押し付けてしまったな。悪かった」


「いいんですよ。エド。私がしたくてやっていたことですから。それよりサラサのこと宜しくお願いしますね」


「ああ。……ありがとう。ありがとうな」



 村の広場にはエリシアを送り出す為に多くの民衆が集まっていた。


 ガルレオン族は皆身長が高いので155センチしかないエリシアは台の上に登る。ここに集まった人達の顔を眺め、微笑むと皆に向かって別れの挨拶を述べた。


「こうして皆様の前で話しをしていると、27年前にこの地に来たときのことを思い出します。何も知らなかった私は皆様のおかげて多くのことを学び成長することができました。こうして無事大使の任を満了できるのも、今の私があるのも皆様のおかげです。

 私は!未来永劫、風族とガルレオン族が共に寄り添う盟友であり続けると確信しています!これからも末永くどうか宜しくお願い申し上げます。

 今までありがとうございました!」


 パチッパチッパチッ


 深く頭を下げるエリシアに暖かい拍手が送られた。






「それでは、そろそろ行きますか。サラサ何かあったら手紙を出すのですよ」


「うん」


「サラサ……、どうか幸せになってくださいね」


「ありがとう……、母さん」


「ふふふ」


 こうしてガルレオンの村での生活が終わり、エリシアは巨鳩に乗ってフォリスに帰った。

 巨鳩とは風族が使役している魔獣、人を乗せて空を飛ぶ巨大な鳩である。






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