第2話 幻の泥試合
色々な攻撃を試してみた。
水魔法での攻撃や、土魔法でゴーレムを作り、そいつに攻撃させてみる。あまり得意ではないが、肉弾戦の間合いを取り、蹴りや突きを食らわせてみるが、どれも効かない。すべての攻撃がやつの数センチ手前で消えたり止まったりしてしまう。
最後はやけになって瓦礫をぶん投げてみたがそれは普通に手で弾き返された。
「はぁ…はぁ…」
エウゲニオスの息切れだけが城内に響き、その後しばらくの沈黙が続いた。
「……」
「……」
えーーーーーーー、やばやばやばやばやばやばやばやば
やばぁ。
あ、え、ガチで効かないやつなんだ!?なんかうまいこと全部防御して調子乗って言ってるだけかと思ってた。え、やばいじゃん、じゃあ。
死ぬ?俺、死ぬのか?
なんか頼まれて、暇だからやるわ~みたいな感じでスカして行って、死?
あ、待って。俺が死んだらフリッツも死ぬんだっけ・・・。
え、ごめーーーーーーん。
だって攻撃一切効かないなんて思わないじゃん普通!
いやいや落ち着け、落ち着け。焦っていることを奴に悟らせるな。
考えろ、どうすればこの状況を打開できる!?
エウゲニオスは深く息を吐き、無理やり笑顔を作って見せた。
「お、落ち着け。まずは一回話し合おうじゃないか」
「相当焦っているようだな。自分の攻撃が効かないことがそんなにショックか?」
くそっ。普通にバレてる。
「もういいか?色々試していたみたいだが、どれも効かないということはよくわかったみたいだな」
魔王の周りに漆黒のオーラが漂い始めた。それはエウゲニオスも今まで見たことがないものだった。
「それは・・・」
「これは”闇魔法”だ。この魔法は森羅万象すべてを闇に飲み込む。ゆえにどんな攻撃、どんな防御も通用しない、不可避の攻撃であり絶対防御だ」
絶対防御?俺の攻撃を防いだのはあれだったのか?
わからない。そもそもあれは魔法だったのか?俺の攻撃を防いだ時やつがなにかしたとはやはり思えない。
「次はこちらの番だ」
魔王は漆黒のオーラを両手に纏い、エウゲニオスに向けて全オーラを放出した。
どうする?この闇魔法、攻撃のスピードはないが、この感じたことのない異様な雰囲気。おとなしく食らうわけにはいかない。が、防御魔法は効くのか?
試してみるしかない。
古代防御魔法発動!
エウゲニオスの正面に巨大な魔法陣が盾となって出現した。
闇魔法が巨大な魔方陣にぶつかる。魔方陣は闇魔法をせき止めるが、魔方陣はゆっくりと黒に浸食されていく。
闇魔法はやがて魔方陣すべてを飲み込み、エウゲニオスの視界は黒一色となった。
ここまでか・・・。
エウゲニオスは目を閉じた。
何も起こらない。
どうせ目を開けても視界は変わらず黒だ。目を閉じたままエウゲニオスは考える。
―――何も起こらない?いや、何が起こっているんだ?
エウゲニオスは目を開けた。視界はやはり黒で覆われている。しかし、闇魔法自体はエウゲニオスには触れていない。まるで、見えない何かがエウゲニオスを守っているように、エウゲニオスの数センチ先で闇魔法が止まっている。
これって。
「・・・やったか?」
闇魔法が止まり、視界が開けてきたが辺りはどす黒い霧のようなものと土煙が漂っている。
そして、ついさっきエウゲニオスも発したあのセリフが聞こえた。
そのセリフ、やっぱり言っちゃうよな。
「おいこれ、どういうことだ?」
どす黒い霧と土煙の中から、無傷のエウゲニオスが現れた。
「な」
明らかに動揺している魔王の姿がそこにはあった。
「ちっ、上手によけたようだな。これならどうだ!」
魔王の周りの黒いオーラが熱を帯びたように感じた。ゆらゆらと漂うオーラが燃え滾る炎のようなオーラに変化した。
「黒炎魔法!」
黒炎は、エウゲニオスの周りを囲い、激しく燃えている。
「この黒炎魔法は対象を燃やし尽くすまで消えない。一度当たれば死を待つだけの地獄の・・・え、あ、いや、なん・・・、えぇ」
黒炎魔法はエウゲニオスの目の前で消滅した。
「え、なんで!?なんでお前にそれが…ありえない!ちょっとまっ、え、なんで!?」
もはや魔王は驚きを隠しもせず全力で慌てふためいていた。
さっきまでとは明らかにキャラが違うなこいつ。
見てるこっちが恥ずかしくなるほどの慌てぶりにエウゲニオスは哀れみと怒りが同時にこみ上げた。
さっきの焦りを隠そうとしてた自分がバカみたいじゃないか。無駄にビビっちまったじゃねえか、ちくしょう。
「まさか、失敗していたというのか!? そんなはずは・・・」
失敗?何のことだ。
まあ、何をしたのかわからないが、今の状況を冷静に判断するならこういうことだろう。
俺たちは互いの攻撃が通じない。理由は俺にはさっぱりわからんが。
「なんなんだよこの状況は…。おい!説明しろ!って聞いてんのか!?」
焦った表情で、なぜ…そんなはずは…とブツブツ呟いている魔王に向かってエウゲニオスは叫んだ。
「うるさい!!黙ってろ!こっちが知りたいそんなこと!」
魔王はエウゲニオスに叫び返しながら、近くにあった瓦礫をエウゲニオスに投げつけた。
その後、俺たちは互いに通じる攻撃はないかと一通り試してみた。だがどれも通じない。二人を守るこの結界のようなものは、これこそ絶対防御と呼ぶにふさわしい。
互いに無駄な攻撃の応酬に嫌気がさし、無駄に激しい泥試合が延々と続き、どこからか言いようのない虚無感が二人を襲い始めたその時――――。
急に、城内上部の窓が割れ、翼が生えた人間が飛び込んできた。
「テオドシウス様!城外の兵士たちの制圧もすでに完了しています!後は、完全制服宣言を・・・、誰ですかその男は!」
テオドシウス、というのがおそらくこの魔王の名前なのだろう。そしてこの翼の生えた男は部下だろうな。気になっていたことがあるからこいつで試してみよう。
ビシュッという音とともにエウゲニオスの指先から超高圧の水のレーザーが飛び出し、空を飛んでいる男の翼を貫通した。
「ぐっ、敵か!テオドシウス様、こいつは一体!?」
当たった。
ということはやはり攻撃が通じないのは俺とテオドシウスの二人の問題になる。
「一時撤退だ!外の奴らにも伝えろ!説明は後だ!」
「な!?は、はっ!わかりました!」
撤退?させるか。こっちはお前の討伐に命賭けてるやつがいるんだ。
「おい!逃げんのかよ。もっとやろうぜ泥試合」
しかし、挑発には乗らず、テオドシウスは何も言わず黒いオーラを纏い、姿を消してしまった。逃がすわけにはいかない。しかし、追ったところで勝負がつくとは思えない。
「くそっ」
もはや城内は、これ以上壊れるところがないほどボロボロだった。エウゲニオスは一人城内に取り残され、これからどうするべきかを考えていた。
魔王を取り逃がした。いや、考えようによっては追い払ったとも言える。ひとまず俺がいる限り奴はまたこの城を襲うことはないだろう。やつを倒す方法はいずれ考えるとして、とりあえずは・・・
「連絡しなきゃな」
エウゲニオスは、目を閉じ、『念話』でフリッツに話しかける。
(魔王は去った。城にもう敵はいない。戻ってきても大丈夫だ)
すぐにフリッツからの応答があった。
(ほんと!?ありがとうエウゲニオス!・・・でも、去ったってどういうこと?倒せなかったの?)
(話は後でしよう。とりあえず戻ってきてくれ)
(わかった。今行くよ)
ひとまず危機は去った。しかし俺の攻撃が通じないとなると・・・
「こんなの見られてたら、笑いものだな。城内に誰もいなかったのが不幸中の幸いか」
エウゲニオスは、一人取り残された城内で静かに呟いた。
「ええ!攻撃が通じない!?」
数分後、戻ってきたフリッツに今までの様子を詳しく話した。
「はっはっは、何その状況ww」
「笑ってる場合かよ」
フリッツはエウゲニオスとテオドシウスの戦いの様子がツボにはまったらしくしばらく笑い続けていた。
「いやー、僕君が焦ってる姿大好きなんだよね。それにあいつが焦っている様子なんて想像するだけで笑っちゃうよ」
「いいから教えてくれ。あの結界は何なんだ」
フリッツに自分が文字通り死ぬほど焦ったことを話すのは嫌だったが、詳しく事情を説明するために仕方なく話した。こんなにバカにされるなんて。
「んーー、それがわからないんだ」
フリッツは笑いを抑えて少し困ったような表情で答えた。
「話を聞いてる限りそれは魔法やスキルの類とも考えにくい。特定の対象の攻撃が一切通じないなんて、僕も聞いたことがないんだ」
「そうか・・・」
「でも、」
フリッツがつぶやいた。
「おそらく、『誓い』の一種じゃないかな」
「『誓い』?俺を転送するときに使ったあれか?」
「そう。どういう仕組みでどんな効果なのかははっきりしないけど、そんな芸当ができるのはそれしかありえない。それもとても強力なものじゃないと」
「誓いを解除する方法はあるのか?」
「わからない、としか言えないな、現時点では。でも、その誓いがどんな代償の上に成り立っているのか、何の目的のために行われたのかを知ることができれば、あるいは・・・」
「なるほどな。じゃああいつを倒すにはそれを知る必要があるわけだ」
「まあ、うん、そうだね」
フリッツの表情はどこか驚いたように見えた。
「なんだ?違うのか?」
「いや、違わないけど。ただ君の場合、魔王を倒す方法はもう一つあるよね」
フリッツはエウゲニオスが何を考えているかはお見通しのようだ。
「まあ、互いの攻撃が通じないと分かったときから考えてはいたが、できると思うか?」
「なに、不安なの?できるでしょ、エウゲニオスなら。君はその方法であっちの世界で魔王にまでなったじゃないか」
フリッツは当然といった様子で答えた。
ここまではっきり言われると、こっちから言うことは何もない。
「こっちからお願いしてる身だからね~。エウゲニオスの好きにやってくれて構わないよ」
「この方法だと、仮に魔王を倒せたとして俺とお前の『誓い』の効果はどうなる?」
「あ、その心配してたの?大丈夫だよ、倒せさえすれば何とでもなる」
「そうか、ならいい」
◇◇ ◇◇ ◇◇
用事と言って一向に帰ってこないエウゲニオスを待ちくたびれたブラドは彼の玉座に座りだらけ切った様子で赤い液体を惰性で口に流し込んでいた。
「あーー、また勝手にそのイス座ってるー」
部屋の扉があき、その先の翼の生えた人影から声が聞こえた。
「エウゲニオス様いないんですかー、ブラドさん」
「ん?ああ、エウゲニオス様なら今は留守だよ、カサエル」
「そーなんだー。さっき東の隣国のダブレフが攻め入ってきて暴動が起こってたのに来ないからおかしいと思って」
「そうですか。まあいつもなら誰よりも早く駆け付けますからね。一体なにしてるんだか…」
ブラドは退屈そうに答えたが、そのあと今の会話をもう一度反芻してみた。
「って、暴動!?なぜすぐに報告しないのです!」
「僕一人でつぶしてきたから!」
カサエルは即座に満面の笑みで答えた。
「一人でって…まったく、出会った頃はあんなに小さくてかわいかったあなたが…」
「今もかわいいでしょ?」
「はあ・・・育ちすぎです、まったく・・・」
「ふふ、エウゲニオス様のおかげだよ!」
「まあ、確かに。育てすぎですね」
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
エウゲニオスは、遠い昔を思い返していた。
まだ自分が魔王として君臨して間もない頃、自分たちを倒そうと挑んでくるあの集団。
そいつらは何度やられても、諦めることなく挑むことをやめなかった。
どれだけ傷つこうと必死で食らいついてくる。
そいつらはいつしか現れなくなった。人間と魔族では生きている時間軸が違う。仕方のないことなのかもしれない。
それからだ。いつも何か物足りなさを感じるようになったのは。自分の支配する理想の世界を作り上げたのに、退屈な日々が始まったのは。
多分、そういうものなんだろう。どちらか一つでは成り立たない存在なのだ。互いの存在意義は、もう一方によって支えられていて、どちらかが消えてしまえばそれでおわりなんだろう。
それを知ってから、そいつらのような者はついに現れなかった。
魔王としての俺の存在があいつらに守られていたのだとしたら、今の俺は一体何なんだ。
もうわからない。そんなこととうの昔に考えることはやめている。
エウゲニオスは、フリッツにこの世界に転送される前のことを思い出した。
俺もあいつらみたいな冒険ができると思ったんだ。
憧れていたんだろうな。
「じゃあ、改めてよろしくねエウゲニオス」
「ああ、任せろ」
あの魔王を倒す方法は二つある。
一つは俺と魔王の間の誓いを解き、自分自身でやつを倒す方法。
もう一つは、
俺が魔王を倒せるほど強い『勇者パーティー』を育て上げる方法だ。
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