教育魔王の異世界人事異動

灯華

第1話 いきなり最終決戦

燃え盛る城内で、魔王と名乗るその男は目の前に立つもう一人の男に手を向けてとどめを刺そうとしていた。


「フリッツ王といったか?この世界で最も偉大な魔法使いと聞いていたが、この程度か」

「最も偉大か・・・それは過大評価だよ。僕より強い魔法使いなんていくらでもいる」

 フリッツは体を杖で支えて立っているが、今にも倒れそうだ。

「それに、王が弱いのは国が平和な証拠だろ。馬鹿にするな」

「ふん、下らん。ではお前より強い魔法使いとやらを連れてきたらどうだ?このまま城を乗っ取ってもつまらないからな」

魔王はフリッツに向けていた手を下ろし、フリッツに一歩近づいた。


「・・・そうだな。そうするか」


 フリッツの持っていた杖の先端の水晶が白く輝き、その光はフリッツを包みこみはじめた。


「何を…」


魔王は目の前の光景をただ見ていた。フリッツにまだこれだけの魔力が残っていたことに驚いているようだった。


「君が言ったんだろ。僕とやり合っててもつまんないだろうから・・・」


 フリッツを包む光がより一層強く輝いた。


「連れてきてあげるよ。最強の魔法使いを!!」




◇◇◇    ◇◇◇    ◇◇◇   



「暇だなぁ、ブラド」


「今日も仕事全部私に押し付けといて何言ってんですか」

 二人の男が向かい合って座り、同時にため息を漏らした。一人は巨大な禍々しい玉座に座り肘掛けに手を置き、頬杖をついている。黒のマントに身を包み、あまりに合っていない黒縁眼鏡を掛けている。もう一人の男は玉座の前で体育座りをしながら赤い液体をストローで飲んでいる。


「…毎回思うけどそれ美味しいの?」

「毎回言ってますけど別に美味しいから飲んでるわけじゃないです」

「……」

「……」


「なんかないのか、事件とか。街で暴動が起きたりとか、強い魔物が暴れたりとか・・・」

 エウゲニオスと呼ばれる男は、ため息混じりにそう呟いたかと思うと、はっと思い立ったような顔で少し期待を込めた声を漏らした。


「勇者が現れたりとか」


「それが1番ないですね、ここ数年エウゲニオス様を倒そうなんていうバカは残念ながら一向に現れません。それに、仮に現れたとしても私たちの仲間がすぐに蹴散らすでしょう」

「そうか、そうだよなぁ・・・、よし!もうお前が街に行って暴れて来い」

「なんで!?嫌ですよ、今昼ですし…。まぁ、夜でもやりませんけどね?」


 その時、ブラドの文句の声とほぼ同時にもう一つの声がエウゲニオスの耳に響いた。正確にはもう一つの声はエウゲニオスの脳内に直接流れ込んでいる。


 (エウゲニオス!!これが聞こえたらすぐに亜空間まで来てくれ!!)


 フリッツの声だった。今まで聞いたことがないような緊迫したその声色にエウゲニオスは顔をしかめた。


 なにかあったのか?


「悪いブラド、用事だ」

 そう言うとエウゲニオスは白い光を体から放ち、一瞬にして姿を消した。ブラドはその一瞬の出来事に慣れた様子だった。


(フリッツさんに呼ばれたのか・・・。いつもなら嬉しそうな顔して行くのに、なんか険しい顔してたな…)




 エウゲニオスは小さな部屋の端に立っていた。部屋の中央にある小さな四角いテーブル、その周りに向かい合うように置かれた二つの椅子に目を向ける。本来なら奥側の椅子に座り笑顔で手を振り現れたエウゲニオスを迎えるフリッツの姿は、そこにはなかった。視線を下に向けるとフリッツは床に倒れ血を流していた。


「おい!どうした!?何があった!!」


 エウゲニオスはうつ伏せで倒れていたフリッツの顔を見ようとフリッツの体を持ち上げた。エウゲニオスの右手が大量の血に染まった。エウゲニオスはすぐにフリッツの体を仰向けにしマントを脱がせた。エウゲニオスは自分の目を疑った。


フリッツの左手がない。


「やぁ、エウゲニオス・・・。来てくれてありがとう・・・。」


 フリッツは目を薄く開け、心配そうに見つめるエウゲニオスを見つめ返した。

「心配しないでくれ・・・、左手の血はもう止まってる。僕は元僧侶だからね」

「何があった?」

「詳しく説明してる時間はないからよく聞いて。僕らの世界に魔王が現れた」

「魔王?」

「すでに僕の城は乗っ取られてる。城の人間を逃しながらの戦闘じゃとてもじゃないけど敵わなかった。それくらい奴は強い」

 フリッツは今はもうない左手を見つめた。

「左手をやられて、『瞬間移動』でここまで逃げてきた。君に教えてもらわなかったら死んでたよ」

フリッツは力なく笑いながらそう言うとゆっくりと上半身を起こした。


「それでお願いなんだけど・・・君今からその魔王倒してきてくれない?」


「わかった」


 即答だった。親友であるフリッツの国を救うため?久しく合間見えなかった強敵と戦うため?自分でもよくわからなかったが明確な理由は一つだった。


「ちょうど暇してたとこだ」


「ははっ、話が早くて助かるよ。待ってて今準備する」


 フリッツはゆらゆらと起き上がり、呪文を唱え始めた。すると地面に赤い魔法陣のようなものが現れた。

「そこに立って。・・・よし、じゃあ手を出して」

 エウゲニオスは魔法陣の上に立ち、正面に立つフリッツが右手を出したので(右手しかない)、エウゲニオスは左手を出した。フリッツの右手がエウゲニオスの左手に触れた。


「今から行うのは、『誓い』だ」


「誓い?」


「本来不可能なことや、達成したい目的を成し遂げるために、代償を払ったり魔力を込めることでそれを可能にしたり助けてくれる儀式みたいなものだよ。今から『君の異世界への転送』と『魔王討伐』という目的のために、僕の命を代償とする」

「命を代償にする?お前死ぬつもりじゃないだろうな?」

「まぁ本来命を代償にしたらすぐ死んじゃうんだけど、この誓いはちょっと特別だからすぐ死ぬわけじゃない」

「お前が死ぬなら俺はやらない」

「まあまあ、聞いてよ。簡単に説明すると本来魔王討伐は僕の目的であって、それを代わりに君にやらせるわけだから、その代わりに僕は命を君に預けるんだ。つまりエウゲニオス、君が死んだら僕も死ぬ」

「なるほど、よくわかった」

 二人は顔を見合わせて笑い合った。


「じゃあ、情けない話けど・・・僕の世界を救ってくれ!」


「それはいいが…これ、どこに転送されるんだ?」



「あー、僕がさっきまでいたところに設定したから、だね!」




「え」


「悪いけどいきなり最終決戦だ!じゃあいってらっしゃい!」

「ちょっとまて、まだ心の準備が・・・」


 エウゲニオスの姿は一瞬にしていなくなった。





 エウゲニオスは魔法陣の上に立っていた。


 しかし、周りはあの小さな部屋ではなく、恐らくフリッツの城内なのだろう。エウゲニオスの足元に転がっている左腕がその証拠だ。

 城内はすでに破壊し尽くされた後のようだった。

 周りを見渡してみる。


 いる。


 フリッツの治める王国、テッサニア王国の玉座にそいつは座っていた。

 城内の照明はすべて消え、瓦礫に小さく灯っている火が唯一の明かりだ。玉座のそいつはシルエットしか見えない。




 エウゲニオスは落胆していた。


 フリッツの治めるこの国が今絶体絶命のピンチなのはわかっている。

 だけど魔王討伐ってもっとこう、なんか冒険とかするものなんじゃないのか。

 仲間集めたり、武器や防具を揃えたり、色んな敵やライバル倒して強くなって…。

 自分自身長い間魔王をやってたからだろうか、そういうのに憧れちゃったりしちゃってたんだけどな。


 どうやらいきなり最終決戦らしい。


 俺がもしあの魔王をすぐに倒してしまったら、また元の暇な生活に元通りだ。


 まあ、そんなことも言ってられないか。フリッツが命をかけてまで討伐を願い出るほどの強敵だ。負けることはなくとも、いい勝負ができるだろう。フリッツには悪いが少し楽しみにしている自分がいる。


 エウゲニオスは、玉座に座っている魔王らしき人影に話しかけた。


「お前が魔王?どっから湧いて出た。この世界は平和だと聞いてたんだけど」

「お前がフリッツの言う最強の魔法使いで間違いないか?」

「あいつそんなこと言ってたのか。ああ、間違いない。で、お前魔王?」

「ああ、そうだ」

「そうか、じゃあな」


 エウゲニオスは左手を上げて魔王に向け、白い光線を放った。光線は魔王にあたったように見えたが、魔王は微動だにしなかった。消えかけて散り散りになった光線の光が一瞬魔王の顔を照らした。笑っている。


「やはりお前だったか。やめておけ、お前の攻撃は我には効かない」


 魔王は玉座から立ち上がりながらそう言うとエウゲニオスに向かって歩き始めた。


 ほう。これは面白い。俺の攻撃が効かないだと?この古代攻撃魔法を食らって生きてる奴はそうそういない。

 それに、あいつの口ぶり、俺のことを知っているのか?

「んなわけあるか」

 もう一度だ。

 エウゲニオスは左手で光線を放った。

 放たれた光線を今度はしっかりと目で追った。

 さっきも何か防御をしたに違いない。それさえわかればいくらでも対処可能だ。

 しかし、光線は魔王の数センチ手前に来たと思うと、溶けるように消えていった。魔王は微笑を浮かべたままこちらに近づいてくる。


 防御魔法か?いや、でも何かしたようには見えなかった。よくわからんがだったら・・・


「至近距離で当てるまでだ」


 エウゲニオスは瞬間移動で一気に間合いを詰め、魔王の背後をとった。


「試してみるといい。何度やっても同じだ」


 魔王は立ち止まり、振り向きもしないまま言った。


「だからそんなわけねえだろ」


 エウゲニオスは今度は両手で最大威力の攻撃魔法を放った。

 特大の光線はエウゲニオスの視界を奪い、目の前が真っ白になった。光線を止め、細めていた眼をゆっくりと開く。


 「・・・やったか?」


 なんかこのセリフ、嫌な予感がする。

 理由はわからないが、なぜか絶対に魔王は生きている気がする。


 魔王は、そこに立っていた。あれだけ特大の光線を浴びせたのにもかかわらず、無傷だ。


「だから言っているだろう」


 魔王は振り向いた。


「お前の攻撃は、我には効かない」






 こいつ、マジで俺の攻撃効いてないじゃん。








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