第8話 桜庭の頑張りを知る


 桜庭が帰った後、僕達家族は今後の僕の事について話し合った。

 妹も途中から帰宅してきて、この話し合いに参加していた。


 僕の希望はやっぱりプロゲーマーとしてまた活動したいという点。

 まぁ概ね賛成してもらったけど、父さんと母さんから要望があった。


「プロゲーマーの活動は認めるけど、一つだけ父さんと母さんの要望を叶えてくれ」


「要望?」


「ああ。俺達のお前に対する要望だけど、何処でもいいから大学は卒業してくれ」


「……大学」


 正直僕としては高校を卒業するまでにプロに戻るつもりだったんだけど、父さんと母さんは大学までは出て欲しいそうだ。

 理由としては非常に納得できるもので、まずまたプロに戻れるか不明瞭な所。

 そしてプロになれたとしても、いつまで続けられるかわからない世界だから、最低限大学を出ていれば職に困る事はない筈だとの事。

 僕は中学の時にプロ活動には英語力は必須だという事で、ネイティブに近い英語力は身に付けている。TOEICも七百点は叩き出している。

 そこに最終学歴の大学が加われば、食いっぱぐれる事はないからだ。

 可能であれば大学でプロゲーマーを引退した後の第二の人生になりそうなものを見つけて欲しいという、ちょっとした願望もあるようだった。

 まぁそうだよね、今までの僕はゲームが出来なくなって全てを諦めていた。

 でも第二の人生になるかもしれないものを見つけておけば、絶望せずにそちらに進む道を切り替えられるから。


 少し悩んだ結果、大学に行く事は了承した。

 ただ大学に行くだけだと無駄金を払うだけだから、何か将来に役立ちそうな学部がある大学を選ぼうと思う。

 そう言うと、父さんと母さんは凄く喜んでくれた。


 妹に関しては、


「お兄ちゃんが、またいきいきとした目になってて嬉しい」


 と泣いて喜んでくれていた。


 ふと思う。

 こうして両親と妹の顔を見るのは本当に久々だ。

 今まで前髪を伸ばして視線を遮り、さらに下を向いて誰とも顔を合わせようとしなかったから。

 久々に見た両親の顔は、げっそりとしていた。

 きっと、僕の事で心身ともに疲弊してしまっていたんだろう。

 本当に申し訳ない事をしたなぁ。

 

 父さんは友人と作ったWeb制作の会社の専務をしている。

 そこまで大きくはない会社だが、中小企業のサラリーマンより給料は貰っているようだ。

 母さんは週三でパートをしていて、今日はたまたま休みだった。

 父さんも有休を消化中だったらしく、今日は家にいた。

 

 妹の咲奈さなは、現在中学二年生。

 僕から見ても細身で可憐で可愛い女の子。

 僕がプロゲーマーになった時に滅茶苦茶喜んでくれた、心優しい自慢の妹だ。


 さて、またプロゲーマー復帰を目指して今後活動していく訳だけど、ゲームに関わる機材は全て廃棄しちゃったんだよなぁ。

 正確には自暴自棄になった僕は、自分の部屋にあるもの全てを破壊しちゃったんだけどね。

 幸い、山分けした優勝賞金は手を付けずに残ったままだ。

 そこから引っ張り出して、パソコンとかゲーム機とかを揃えてしまおう。


「でも、最近の機材とか調べてないから、全くわからないんだよな……」


 自暴自棄になっていた期間、スマホすら触りたくなかった僕は、親から無理矢理ガラケーを持たされていた。

 一応ネット検索は出来るけど、あまりにもやりづらくて調べるつもりもない。

 さて、どうしたものかと思った時、一通のメールが入った。

 開いて見てみると、桜庭からだった。

 桜庭が帰る直前にメールアドレスの交換をしたんだった。

 僕はガラケーを操作して、メールの内容を確認する。


『ねぇ橋本君、明日って時間ある?』


 時間?

 僕は有り余っているが、確か桜庭は明日グラビアの仕事があるとか言ってなかったっけ?

 そのままメールすると、


『うん、出来れば仕事終わった後に会いたいなぁって思って。機材とか揃える必要あるでしょ?』


 流石現役プロゲーマー。

 よくわかっていらっしゃる。


『そんなに長い撮影じゃないから、放課後そのまま仕事場まで付き合って! 今回の撮影場所は秋葉原に近いから、そのまま行っちゃおう!』


 ん?

 えっ、僕も撮影場所に行くの?

 マジで?

 ……まぁ、断る理由はないけど。

 一応了承した。






 了承したんだけど、断ればよかったと後悔している。


「奏ちゃーん、いいよぉ! あっ、今の視線をカメラに向けて!!」


 ……水着撮影なんて聞いてないぞ。

 というか、目のやり場に困るんだが……。


 そういえば桜庭の事を全く見ていなかったと思う。

 今になって気が付いたが、桜庭は端的に言えば超美少女だ。

 何でプロゲーマーやってんの、お前なら芸能人やらモデルの方が成功するだろって思う位。

 艶があって綺麗な黒髪、そして細身だなぁと思っていたが脱いでみたら何ともまぁ暴力的なお胸をお持ちで。

 更に細すぎず、だからといってムッチリしている訳でもない、程よい肉感があって足も長い。

 そんな彼女が両手で胸の横を押して谷間を強調するようなポーズを取った時、恥ずかしすぎて目を逸らした。

 

 昨日の事でようやく、桜庭を一人の女性として見る事が出来るようになった。

 なったんだが、だめだ、美少女過ぎるし水着がエロ過ぎて直視できない。


 すると、僕の隣にいた二十代後半くらいの男性が話し掛けてきた。


「奏ちゃんから話を聞いています! "NEO"さんなんですよね!?」


 すっごいテンションが高くて、ちょっと引き気味に頷いた。


「俺、"NEO"さんの大ファンだったんですよ!! あっ、自己紹介遅れました、俺はこういうものです」


 彼が名刺を渡してきたので、軽く会釈をして受け取る。

 そこには『講岩社編集部 一ノ瀬 友則』と書いてあった。

 講岩社といえば、週間漫画雑誌で超有名な出版社じゃないか。


「いやぁ、奏ちゃんは以前からずっと業界内では"NEO"さんラブって公言していたので、こうやって知り合えて嬉しいんでしょうねぇ。今日の仕事の気合の入りようが半端ないですよ!」


 あいつ、そんなことを公言していたのか。

 滅茶苦茶恥ずかしいんだが。

 どうやら芸能界ですれ違ったタレントさんにアプローチされる事が多くて、その都度"NEO"さんが好きだから遠慮しますって断っていたようだ。

 ファンの前での公言じゃなくて安心した。

 そこまで公言されていたら、僕はファンにフルボッコにされて殺されかねない。


「"NEO"さんならご存じだと思いますけど、日本のプロゲーマーの給料ってなかなかに酷いじゃないですか」


「ええ、そうですね」


 日本のFPSプロゲームチームだと、小さい所だとバイトの方が収入がいいレベルの低さだ。

 そこから規模が大きくなったとしても、ようやく手取り二十万を超える程度。

 僕が元々所属していたチームも小さい所で、中学生にしては大金だったので全然かまわなかったんだけど、大人であるチームメイトはバイトをしたりyoutubeで配信して収益を得たりしていた。

 それ程までに、日本のプロゲーマーの給料は低いんだ。

 後は賞金は貰えるけど、所属チームによっては幾らか差っ引かれるらしい。

 

「奏ちゃんはですね、こうやってグラビアに出る事で、日本三大出版社のスポンサー契約を勝ち取ったんですよ」


「えっ、冗談抜きで凄いですね!」


「チームの為に出来る事を考えて、自分の容姿と知名度を武器にスポンサーを増やしていったんです。彼女のチーム、今かなり大きな規模になったんですよ?」


 そりゃ本当にすごい。

 基本的に日本のプロゲームチームのスポンサーは、エネドリ会社とかゲーム周辺機器メーカー、PCメーカー位だ。

 それなのに、まさか日本三大出版社からスポンサー契約を引っ張ってくるとは、冗談抜きで異常事態だ。

 少なくとも僕がプロ活動をしていた時代では、プレイヤーが新たにスポンサーを引っ張ってくるなんて、出来る奴は一人もいなかった。


 僕は桜庭を見る。

 昨日、桜庭の僕に対する想いを聞かせて貰った。

 その上で彼女はプロゲーマーで居続ける為に、身体を張って活動をしている。

 胸が熱くならない訳がない。

 このe-sports後進国でこんなにも頑張っている桜庭を見て、惹かれない訳がなかった。

 

「ふふふ、奏ちゃんに釘付けですねぇ、"NEO"さん!」


「……ええ、正直言って凄い奴だなって本気で思います。僕がプロ活動していた時でも、こんなに頑張っている人は見た事なかったんで」


「でしょでしょ!? スポンサー契約の時だって、彼女が切り出したんですからね」


「えっ、チームのマネージャーとかじゃなくて、桜庭自ら!?」


「そうなんです! 『e-sportsが盛り上がるのであれば、グラビアとかいくらでも受けます!』って当時言ってましたよ!」


「……」


「俺は元々e-sportsが大好きで、もっと日本でも盛り上がってほしいなぁって思ってたんですよ! で、彼女なら盛り上げてくれると思ったんで、奏ちゃんと一緒に社長にプレゼンしたんですよ!」


「で、スポンサードを受けた……と」


「はい! そしたら他の出版社も名乗りを上げて、通常ならライバル社がスポンサーになる訳ないのに、何故かなっちゃったんですよねぇ。おかげで今は奏ちゃんの取り合いで、スポンサー料で競い合ってる状態です」


 そうなんだよなぁ。

 この日本三大出版社が同時にスポンサーになるなんて、普通は有り得ない。

 それをどういう訳か成し遂げてしまっている。

 何をしたんだ、桜庭の奴は。


 ふと、桜庭と目が合った。

 すると彼女は眩しい位の満面の笑みを浮かべたんだ。

 僕に見せるその笑顔に、心臓が掴まれたような感覚を覚える。

 とてもエロイ格好をしているのに、それを無視して彼女の笑顔から目を背ける事が出来なかった。


「おっ、その笑顔最高だねぇぇ!! 貰った!!」


 カメラマンさんは、ひたすら桜庭の笑顔を激写していた。

 あまりの俊敏な動きに、ちょっと笑ってしまったのは内緒だ。

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