第7話 NEO、リザレクション

 ジャンル、ラブコメでも通用しますかね?

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 ――格闘ゲーム。


 知っている人は多いかもしれないけど、敢えて説明させてもらう。

 格闘ゲームは一対一で戦い、敵の体力バーをゼロにした方が勝ちというものだ。

 シンプルに言うととてもわかりやすいのだけど、問題はこのジャンルだ。

 僕は確かにこのジャンルの事は知らない。

 知らないのだけど、プロゲーマーとして活動している時から話題になるジャンルでもある。

 それは、プロとして活動するのが非常に厳しいというもの。


 基本的に格闘ゲームはチーム戦がほぼなく、試合や大会に出る時は一人で出場する。

 つまりチームプレイがほぼなくて、完璧な個人の実力が試される。

 誰かが自分のフォローをしてくれる事もない、完全実力主義なジャンルなんだ。

 故にプロとして活動する難易度は非常に高いし、そもそも上手くても容易にプロになれる訳でもない。

 僕はFPSでプロゲーマーをやれたんだけど、それはチームに所属していたからだ。

 だから桜庭の提案に、不安しか感じない。


 僕は右手にハンデを背負っている。

 じゃあ、このハンデを背負って、プロ活動が出来るのだろうか?

 未経験のジャンルに飛び込んで、自分の肌に合わなかったどうしよう?

 というか、そもそも僕はまたプロになれるのだろうか?

 

 さっきからずっとネガティブな気持ちしか湧いてこない。

 そりゃそうだ、今の今までずっとネガティブに全身をずぶずぶに浸かっていたから、ネガティブな感情しか出てこないんだろう。

 僕は桜庭の提案に、何もリアクション出来ないでいた。


 そして桜庭は、僕のそんな不安そうな様子を察知したんだろう。

 優しい声色で僕に話し掛けてきた。


「橋本君、やっぱり不安だよね?」


「……正直言えば」


「そうだよね、その気持ちは凄くわかるよ」


「わかるの?」


「うん。私の場合はゲームじゃなくて手術だけどね」


 そうだ、桜庭は余命宣告されているのに乗り越えたんだった。

 手術前の恐怖は、凄まじいものだったろう。

 だから桜庭はこんなにも強く、そして真っ直ぐに僕に言えるんだ。


「格闘ゲームはソロプレイだから、上手くやれるかも不安だし、どうすればいいかもわからないよね?」


「うん、全くその通りだよ」


「ならさ、私と一緒に格闘ゲームの練習をしようよ!」


「……えっ?」


 思いもよらなかった提案。

 桜庭はFPSのプロゲーマーなのに、一緒に練習しようと提案してきたんだ。

 全くの畑違いだし、FPSの方の練習が疎かになる可能性が非常に高い。

 そうなると良い成績を出せずに所属チームから解雇される可能性だってあるんだ。

 何故こんなリスキーな提案をしてくるんだ?


「桜庭――」


「わかってる、FPSの練習が疎かになるんじゃないかって事だよね?」


「……ああ」


「実はね、私は前々から、格闘ゲームのジャンルでもプロ活動をしてみないかってチーム上層部から打診されていたんだ」


「は?」


 本当か!?

 何とまぁリスキーな提案をしてくるんだ、桜庭のチームは。

 正直、格闘ゲームのプロ活動で女性が活躍している人は非常に少ない。

 僕が知っている人でも片手で数えなくてもいい位、女性が格闘ゲームで活躍している比率は少ない。

 確かに女性の格闘ゲームプロゲーマーが誕生したら、チームとしても良い宣伝になる。

 今でも桜庭の人気は凄い――らしい。僕は最近のプロゲーム界隈は一切知らない――から、もし格闘ゲームで活躍出来たら相当な話題になるだろう。

 だが、ジャンルを変えるというのは本当に危険だ。

 簡単に言えば、野球選手が急に格闘家になるようなもんだ。二つのジャンルを両立するのは非常に難しい。

 僕の知る限りでは、成功している人は知らない。

 それ位リスキーな打診なんだ。


「最初は私もFPS一本で行く予定だったから断っていたんだけど、今決めたの」


「……」


「やっぱり私は、橋本君と一緒にゲームがしたい。好きな人を支えたいし、一緒に切磋琢磨したいの」


 桜庭の、僕に対する好意がストレートに伝わってくる。

 表情は本当に真剣だし、本気度もしっかりと僕の心に伝わった。

 彼女は、こんな僕の為にここまで親身になってくれている。

 初めて会った時、あんな酷い事を言ってしまったのに、それでも尚僕の為に動いてくれている。


 嬉しい。


 家族は確かに僕の身を案じてくれている。

 でも僕の根っこまでは理解してくれなかった。

 いや、理解できなかったんだ。

 プロゲーマーなんて特殊な職業は、まだまだマイナーだし認知も低い。

 そんな職業が一切存在していなかった時代に生まれた両親が、百パーセント理解するというのは不可能に近かったんだろう。

 そこは仕方ないけど、まさか桜庭が僕の事をしっかりと理解してくれた。

 僕はやっぱりプロゲーマーとして活動したいという、完全に諦めていた願望を拾い上げてくれた。


 嬉しくない訳がないじゃないか。


 僕は感じていた。

 心の底から湧き出てくる熱意、情熱、そして希望。

 すっかり忘れてしまっていた感情が、僕の胸いっぱいに広がり、全身を包み込む。

 体が熱い。

 この熱が冷めない内に、動き出さなきゃ。

 もう、僕は止まれない……!


「――父さん、母さん。我儘を言っていいかな」


「……言ってごらん」


「僕、またプロゲーマーを目指して動き出したい。少しでも希望があるのなら、チャレンジしたい!」


「っ!」


 父さんと母さんの目をしっかりと見て、僕は宣言した。

 ……ああ、二人の顔を久々にしっかり見た気がするよ。


「勉強は最低限やります。高校も疎かにしません。だから、どうか! チャレンジさせてください、お願いします!!」


「千明……っ」


「お願い、します!!」


 僕は両親の前で土下座した。

 この希望を手に出来るなら、土下座でもなんでもやってやる!!

 僕はまた立ちたいんだ、あの熱狂的なステージに、プレイヤーとして!

 自分の額を床に押し付けて、僕はひたすらにお願いをした。

 こんなに自分の気持ちを両親にぶつけたのは、本当に初めてかもしれない。


「千明、顔を上げて」


 母さんの声がした。

 僕は言われた通りに顔を上げると、両親が僕を抱きしめてくれた。


「千明、やっと、やっと……私たちの顔を見てくれたねっ」


「今までお前、ずっと下を向いていて、目も合わせてくれなかったんだぞ」


 二人の声が震えている。

 ああ、僕は今まで両親をここまで苦しませてしまっていたんだな。


 僕も手を広げて二人を抱きしめた。


「ごめん、なさい。自分の事しか見えてなくて、本当に……今までごめんなさい!」


「いいんだ、いいんだよ! この三年間、辛かったろう?」


「辛かった、辛かったっ!!」


「千明、千明ぃぃっ」


 両親に釣られて、僕も泣いてしまった。

 三人で抱きしめ合いながら、ひたすら泣いていた。


















 桜庭の存在を忘れて。


「えっと、私はお邪魔……だよねぇ?」


 小声で呟いた彼女の言葉は、僕達親子の耳には届かなかった。



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