第6話 "NEO"はちょっと不安を覚える


 トリニティ。

 僕は映画マトリックスに出てくる主人公で、超常的な力を使える救世主"NEO"の恋人でヒロイン的存在だ。

 マトリックスは三部作で、第一部でコンピューター世界で敵に攻撃されてしまい死んでしまったが、彼女のキスで蘇って救世主の力に目覚めたんだ。

 桜庭は、そんなトリニティのように僕のトリニティ・・・・・・・になりたいと言ってくれたんだ。


 ――でも


「そう言ってくれて嬉しいけど、僕はもう"NEO"にはなれないよ……」


 もう右腕は自由に動かない。

 自慢のエイム力は失われ、まともにゲームすら出来ない。

 そうなると"NEO"ではない僕に、トリニティがいるのは相応しくないと思ったんだ。

 だけど桜庭は違った。


「橋本君は、もう立派に"NEO"だよ。私の事を救ってくれた救世主だよ」


「……僕のプレイで誰かを救えたなら、何よりだよ」


「うん、だから今度は私の番!」


「……桜庭の、番?」


「そう! 映画ではトリニティのキスで"NEO"は蘇るんだよ? ならきっと私も、あなたを救える」


 少し頬が赤くなっているのがわかる。

 正直暴論でしかない。

 普段なら「ふざけるな」とか「寝言をほざくな」って突っぱねるんだろうけど、桜庭の言葉を何故だかすんなりと聞いていた。

 絶望を味わっているのに、きっかけはどうであれ這い上がってきた彼女の言葉だからなのだろうか。

 桜庭の言葉は自信に満ち溢れていて、不思議とその気にさせてくれていた。


「ねぇ、橋本君?」


「……なに?」


「橋本君は、ゲーム内で対戦するのって好き?」


 彼女の問いに、ちょっと考えてみる。

 僕が何故、こんなにもゲームにはまったのか?

 考えてみたら、意外とすんなり答えが出た。


「うん、大好きだね。リアルでは絶対に味わえないスリルと思考をフル回転させないといけない状況、相手の予測を上回って上手くいった時の達成感と高揚感。そんなのは今までゲームでしか味わえていないよ」


 そう、僕がゲームが好きな理由はこれだ。

 FPSをやっている時、常に相手の位置の把握や五感をフルに活用して索敵し、敵はどのように動いて何を狙っているのかを常に考えていた。

 そうして勝利した時の達成感と高揚感、そして爽快感。

 僕は今でも、それらを欲しているんだ。


「そっか……。もう一つ聞いてもいいかな?」


「いいよ」


「……FPSとはジャンルは違うけど、同じように思考をフル回転しながら戦うゲームがあったら、やってみたい?」


「ジャンルが違う?」


「うん、ぱっと思いついたんだけど、もしかしたら橋本君にぴったりのジャンルのゲームがあると思ったんだ!」


「……でも、右腕が――」


「それがね、もしかしたらそのジャンルなら右腕の負担が少ないかもしれないよ!!」


「えっ!?」


 右腕の負担が少ないゲーム?

 しかも思考をフル回転しながら戦えるジャンル?

 そんなのあるのか?

 ……でも待てよ、確かに右腕がこうなってしまってから、絶望して他のジャンルを探そうとしなかった。

 もしかしたら僕の知らないジャンルがあるのかもしれない?


「桜庭、そのジャンルって何?」


「そのジャンルはね、格闘ゲームだよ!」


「格闘、ゲーム?」


 全く知らないジャンルが出てきた……。

 当然ジャンルの存在自体は知っている、だけど詳しい内容は全くと言っていい程知らないし見た事もない。

 ちょっと、不安になってきたなぁ……。


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