#4 falling-②
暇なら仕事してこいという上司の
大学生で
「ほら、俺の奢りだ。好きなもん頼め」
恩着せがましい言葉に、才木は「学食ですか」と顔をしかめた。陣内にはイカサマの
「俺だって、お前にいい飯食わせてやりたかったよ? でもさ、仕方ないじゃん。仕事が入っちまったんだから」
「……しらじらしい」
この大学を訪れたのは聞き込みのためだ。昨日、この大学に通う学生が相次いで薬物中毒死する事件が発生した。三人の死者のうち一人がドープを所持していたため、特捜課にも白羽の矢が立ち、陣内と才木が担当することになった。
死亡した学生は三名――法学部に通う三年生の
誰に訊いても、「あのサークルはヤバいらしい」と口を
今回の事件現場はカラオケ店の一室で、所轄による現場検証の結果、三人は合成大麻を使用していたことがわかっている。現場の写真を見たが、壮絶なものだった。遺体の中には鼻や口から血を噴き出している者もいた。一人はソファに、一人は床に、もう一人は入り口の
大学生の薬物中毒死はなにも珍しいことではない。酒と一緒に薬を覚える
陣内と才木はランチ定食とやらを注文した。
「――ニコの話じゃ」学食の隅にあるテーブル席に腰を下ろし、陣内が口を開く。「死んだ学生が吸ってたヤクは、かなりヤバい代物だったらしい。あれに比べたら、スパイスなんて
この国で脱法ハーブや危険ドラッグの名を知らしめたのは、今から十五年以上前に起こった池袋での暴走事件だろう。罪のない通行人を死傷させた犯人が使用していたのも、同じくカンナビノイド系の合成ハーブだった。
現存する合成大麻は八百種類以上あると言われている。中でも代表的なのがK2やスパイスと呼ばれるものだ。天然大麻の千倍ほどの刺激があり、使用者自身が命を落とすことも、無関係の人間を巻き込み命を奪うことも少なくない。
サバの
「ニコラスさん、味見したんですか」
「一口で頭がイカれる、って言ってた。通常なら、あんなものは市場に出さない。客が死んだらいろいろ面倒だもん。稼ぎも減るし、捜査の手が入るし」
「売人の仕事の肝は、客を薬漬けにして商売を途切れさせないことですしね」
「ああ。最初の入り口は大麻であったとしても、人間ってのはさらに強い刺激を求めて、他のドラッグにも手を出すようになる。その結果、売人の
「合成大麻の市場は、個人参入しやすいって聞きました」
「製造が簡単だからなぁ。原料は安く仕入れられて、販路もネットで広げられる。だから個人経営も多いし、死人も出やすい」
小規模な製造者が多いが故に製造ミスが絶えず、品質管理が粗悪な販売元も多く存在している。そのため、今回のような事件が度々起こってしまうのだ。
定食を平らげてから、才木はタブレット端末を取り出し、所轄から送られてきた資料に目を通した。三名の自宅の捜索はすでに警察が済ませているが、特に手掛かりになるような痕跡は見当たらなかったようだ。
ドープを所持していたのは、その中の宮崎陽太という学生だった。資料には彼の所持品の写真も添えられている。才木はその画像を指先で拡大した。――青色のシャープペンシルに黒のボールペン、消しゴムや修正テープなどの文房具に混じって、白い錠剤が一錠、アルミ製のペンケースの中で存在感を放っている。
「ドープは希少なドラッグです。学生がそう簡単に手に入れられるとは思えませんが」
「普通の学生なら、な。宮崎の実家は会社を経営していて、相当な金持ちらしいぞ。学生とはいえ、金とコネは持ってそうだ」
この三名はどこから合成麻薬を購入したのか――宮崎にいたってはどうやってドープを入手したのか――販売経路のヒントになりそうなものといえばメッセージのやり取りだが、彼らの所持品である携帯端末やパソコン、タブレットの中にそれらしい会話は見つからなかった。発覚を恐れて消去していたのかもしれない。学生らの端末は今、
才木と陣内は午後も聞き込みだ。二人が席を立とうとしたところ、
「――あの」と、呼び止める者がいた。
この大学の男子学生だろう。彼は声を潜め、「警察の方ですよね」と尋ねた。背広姿で校内を
彼は
話というのは、同じ学部に通う友人のことだった。名前は
「奥村は俺と同じ研究室に所属してるんですが……いつも実験室に残ってひとりで作業してるから、変だなってずっと思ってたんです」
彼を居酒屋に誘い出して訳を聞いたところ、「宮崎からバイトを頼まれた」と話すだけで、詳しいことは教えてもらえなかったという。
「でも、前に見たんです。奥村が、近所の薬局で大量の風邪薬を買ってるのを」
健康な人間が風邪薬を大量に買う理由は――外国人観光客でなければ――ひとつしか考えられない。
「まさか、感冒薬からエフェドリンを抽出して、覚醒剤を作り出してた?」
才木の問いに、木下は小さく頷いた。
「奥村は母子家庭で生活が苦しくて、学費のために金が必要みたいで」
だからこそ、違法な仕事に手を出したのかもしれない。彼はそう案じているようだ。貧困に
「宮崎たちが薬で死んだって聞いて……もしかしたらって思って、奥村に電話してみたんです。でも、何度かけても
その話が本当であれば、奥村が何らかの形で事件に関わっている可能性がある。
「その子の写真、持ってる?」
「あります」
木下が端末を取り出し、画面を見せた。
「この、右端が奥村です」
四人の若者が写っている。入学式に撮影したもののようだ。一人はスーツ姿の女子。その隣に木下がいる。顔立ちが似ているので、おそらく二人は兄妹なのだろう。その隣には私服姿の女子が写っていた。誰かと問えば、奥村と交際している同級生だと答えた。名前は
奥村は写真の右端でにこやかな表情を浮かべている。
「風邪をひきやすそうには見えないな」
画面を
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