#3 winged-⑨


 大声で叫んだ。

 

 それと同時に、ライフルが乱射され、弾丸の雨が辺りに降り注いだ。

 綿貫は素早い身のこなしで遮蔽物に身を隠した。才木はその場に蹲っている。陣内は彼の前に立ちはだかり、銃を抜いた。能力を発動させ、こちらに向かってくる弾丸を狙ってトリガーを引く。いくつかの弾の軌道を逸らして逃げ道を作ったところで、才木の腕を引っ張り、農機の裏に隠れた。


「……すみません、陣内さん」


乱れた息を整えながら、才木が謝った。


「助かりました」

「いや」新しい弾倉を装填し、答える。


「俺のミスだ。三人しかいないと決めつけてた」


 目が見え過ぎるのも考えものだな、と反省する。認めたくはないが、自分の悪い癖だ。視覚の情報が正確過ぎるが故に、その情報を信じて疑わなくなってしまう。

 しばらくして、


「――動くな」


 銃声がみ、代わりに声が聞こえてきた。

 社長の高野だった。

 どこからともなく現れた高野はAKライフルを構えていた。今までずっと姿を隠していたようだ。トラックの陰からこちらの様子を窺い、銃口を向けて陣内たちを脅す。


「動くなよ」


 往生際が悪いな、と陣内はため息を吐いた。今更足掻あがいたところで、犯した罪から逃れられるはずもない。


「あんたさ、そんなことしても無駄だよ。余計に自分の首を絞め――」

「黙れ!」


 高野は叫んだ。はいはい、と陣内は肩をすくめる。


「いいか、そのままでいろ。動いたら撃つからな」


 どうやらトラックに乗って逃亡するつもりらしい。高野が銃を構えたまま、運転席に回り込んだ。


 ――そのときだった。


 高野の背後に人影が見えた。男のようだ。高野の肩に手を置いた。

 いきなり背後から触れられ、高野は弾かれたように振り返った。直後、彼の体はその場に倒れた。頬を押さえている。顔面を殴られたようだ。

 人影の正体は、柴原だった。


「いやぁ、すんません」高野に手錠を掛けながら、柴原が笑う。

「遅れてきたくせに、いちばん美味おいしいとこもってっちゃって」


 陣内も笑い返した。


「いいタイミングだよ」


 作業の途中だったようで、倉庫の中には密輸した純正コカインの袋が並べられていた。輸送トラックの荷台にも積まれている。ざっと見て五十キロ近くはあるだろう。

 その他に、別の種類の白い粉も用意されていた。

 その匂いを嗅いだ柴原が、「コーンスターチですね」とすぐに見抜いた。


「コーンスターチって、トウモロコシから精製されるデンプンのことですよね」才木が言った。

「ああ。麻薬は利率を上げるために、他の粉と混ぜて嵩増かさましするのが一般的なのよ。コーンスターチはよく使用される混ぜ物の一種」


 連中は密輸したコカインを倉庫に運び込み、工場で生産したコーンスターチと混ぜ、商品を製造していたようだ。

 落ちている鉄扉を見つけ、柴原が尋ねた。


「ドア爆破して突入したんすか? 今回は大掛かりでしたね」

「あー、それね」


陣内は首を振った。


「光ちゃんが素手で引き千切った」


 柴原はぎょっとした。


「……綿貫さんの力、どうなってんすか」


 サイレンが聞こえてきた。警察が到着した。高野ら三名を捜査員に引き渡し、二名が死亡した倉庫の現場検証に同席してから、陣内たちも警察署に向かった。 

 デスクと椅子だけが配置された殺風景な所轄の取調室で、高野たちは順に取り調べを受けていた。最初はこんなつもりじゃなかったのだ、と項垂れながら捜査員に打ち明ける高野の姿を、陣内は別室でモニター越しに眺めた。

 こんなつもりじゃなかった――よく耳にする台詞せりふだと思う。最初は軽い気持ちだった、こんなはずじゃなかった、ここまで大事になるとは思わなかった。今まで何度そういう言い訳を聞かされてきただろうか。

 事実かどうかはさて置き、タカノフィードは元々クリーンな農業法人だったのだと、高野は涙ながらに語っていた。サイトの会社案内に記載されている文章通りの、完全国産飼料にこだわりと誇りを持った会社だったという。しかしながら、2020年辺りから世界中が不景気に陥ったことで、徐々に経営は右肩下がりになった。

 そして、とうとう首が回らなくなった数年前に、メキシコ人の男が声をかけてきた。表の顔はスペイン語講師だが、その正体は中南米カルテルのひとつ、ロス・ティグレスの幹部であった。それ以降は、男に命じられるがまま外国人を受け入れ、組織の密輸を手伝い、手数料を受け取っていたそうだ。


「環境が違っていたら」


 取り調べを受ける高野の姿を眺め、才木が呟くように言う。


「彼は間違わずに済んだんでしょうか」


 同じモニターを見つめているはずなのに、才木の目はまるでなにか違うものでも見ているかのようだった。


「さあ、どうだろうな」


 パイプ椅子の背もたれに体を預けながら、陣内は首を捻った。


「たしかに2020年の不景気は、高野が道を踏み外すきっかけになった。だが、元々高野に付け入る隙がなかったとは言い切れない」

「同情する余地はないってことですか」

「銃の引き金を引いただけじゃ、人は撃てないのよ。中に弾が入ってないとな」


 この世界は、腹に一物を抱え、今にも引き金を引こうとしている人間であふれている。


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