#3 winged-⑧


 一連の事件の発起人は、中南米を拠点に暗躍する麻薬カルテル――ロス・ティグレスだ。連中はまず中古の農機を買い付け、その中にコカインを仕込む。それを一度、ブエナベントゥラ港からベトナムのリコンディション工場に輸出。その工場から、今度は農機を東京へと再輸出する。その後、タカノフィードが貨物を受け取り、自社の倉庫で解体する。役割分担はそんなところだろう。コロンビアから仕入れたコカインを日本でばらいていた中心人物が、グエンという名の偽実習生――その正体はロス・ティグレスの売人である。農業法人タカノフィードは海外マフィアの受け皿となり、麻薬密輸の片棒を担いでいるのだ。

 仕分け作業には組織の幹部も立ち会うはずだ。ロス・ティグレスのメンバーを一網打尽にするチャンスである。しかしながら、今回の敵は海外の犯罪組織。いつも相手にしている売人とは訳が違う。陣内たちは重武装で身を固め、車に乗り込んだ。

 倉庫へ向かっている最中に、港に到着した柴原から報告が入った。


「匂いがしました。間違いないです」とのことだ。

 検査装置を通す必要はない。麻薬探知犬並みの鼻を持つ柴原は、一瞬で薬物を嗅ぎ付けることができる。マルチ播種機の中には、コロンビア産のコカインが詰まっていることは確実だった。

 タカノフィードは見晴らしのいい更地に社屋を構えている。こちらの動きを悟られないよう、陣内は百メートル以上離れた場所にある民家の陰に車を停めた。この距離からでも、陣内の目があれば監視は可能だ。

 意識を集中させて能力を発動し、視覚を研ぎ澄ませる。ちょうど倉庫のシャッターが開き、中に農機が運び込まれているところだった。数人の男の姿が見える。


「運転手含めて、全部で三人だな。二人は武装してる」


 腰に銃を差している男がトラックに合図を送り、倉庫の中へと招き入れている。その傍で、もう一人がライフルを構え、周囲を警戒している。彼ら二人の顔には見覚えがあった。グエンと同室の外国人労働者だ。

 トラックがコンテナを中へと運び込んだところで、倉庫のシャッターが閉まった。これから解体作業と麻薬の仕分けが始まるようだ。陣内たちは武装を整え、現場との距離を縮めることにした。徒歩で、足音を立てないよう、すばやく移動する。倉庫の壁に背中をつけ、気付かれないよう窓から中の様子を窺う。

 倉庫の壁には、中央に大きな電動式シャッターがあり、端にスチール製のドアがひとつある。闇に乗じて周囲を確認したが、裏口の類はなさそうだ。

 陣内たちはドア付近で待機し、もう一度シャッターが開くタイミングを窺った。人がかがんで入れるほどの高さまで開いたところで、特殊閃光弾を投げ入れて突入する作戦だ。閃光せんこう弾は才木に任せている。

 その才木が、不意に「陣内さん!」と叫んだ。

 切迫した声色だった。

 陣内は即座に敵の接近を察知した。振り返ると同時に、銃声が鳴った。

 数メートル先に男の姿が見える。

 ――秘書の三島だ。


 三島は銃を構えていた。立て続けに発砲している。

 陣内は視覚に神経を集中させた。銃弾が三発、こちらに向かってくる様子が、陣内にはスローモーションのように見えている。

 陣内は撃ち返した。三発の弾丸に向かって。すべての弾に自身の銃弾を衝突させ、軌道を逸らしてから、陣内は三島を狙った。最後に一発。弾は三島の手に当たり、彼の拳銃がはじかれた。

 丸腰になった三島はこちらに背を向け、逃走を図った。

 足を狙い、引き金を引く。銃弾を受け、三島はその場に倒れた。

 今の騒ぎで、中の三人にも気付かれてしまったようだ。

 倉庫の中が慌ただしくなり、電動のシャッターが音を立てはじめた。トラックに麻薬を載せて逃亡するつもりなのだろう。特殊閃光弾を投げ入れたが、不意をくことはできず、効果はなかった。


「才木、お前は三島を拘束しろ」

「了解です」


 目で合図を送り、陣内と綿貫はすぐに動いた。綿貫が鉄製のドアを力ずくで引っ張り、蝶番ちょうつがいごともぎ取ると、それを盾にして突入した。陣内もその後ろに続く。

 中に入った瞬間、すぐに銃弾が襲ってきた。助手席に乗り込もうとしていた男が、こちらに向かってライフルを乱射している。

 陣内は銃弾の間を縫いながら反撃した。――証人はひとりいればいい。全員を生かしておく気はなかった。頭を狙って引き金を引く。男はその場に倒れた。

 銃声はまだ続いている。トラックの後部からこちらを狙う男がいる。綿貫がドア越しに応戦している。陣内は身を返し、近くにあった農機の背後に身を隠した。男がトラックの陰から頭を出した瞬間を狙い、発砲する。銃声は途絶えた。

 二人の男を制圧した頃、シャッターは完全に開いてしまっていた。もう一人はトラックの運転席にいる。男が車を発進させた。――と同時に、綿貫が走った。車の前方に回り込み、行く手を阻む。

 男はさらに加速した。綿貫をね飛ばす気だ。

 次の瞬間、トラックと綿貫が衝突した。綿貫は両手でトラックを押し返した。綿貫の力に負け、車の動きが止まる。運転手の男は目をいていた。

 綿貫が足止めしている隙に、陣内が運転席から男を引きずり下ろした。葉巻をくわえたまま、スペイン語で口汚くわめいている。陣内は男をうつ伏せにして地面に押し付け、後ろ手に手錠を掛けた。


「二人とも、無事ですか」


 才木が倉庫の中に飛び込んできた。

 メキシコ人とバングラデシュ人は事切れていた。所持品をあさったが、二人とも服のポケットに入っていたのは煙草たばこの箱だけだ。身分証の類は見当たらない。

 拘束したのは二人。三島と、トラックの運転手の男だ。手錠を掛けた状態で、壁際に並べて座らせた。二人もいれば十分に証言が取れるだろう。事態は収拾したかのように思えた。


「才木、どうした?」


 陣内は黙り込んでいる新人に声をかけた。

 能力が発動したのか、才木は遠くを見つめるような顔つきで、その場にたたずんでいた。


「なにか視た?」


 頷き、才木は呟くように言う。


「まだ終わりじゃないようです」

「どういうこと」

「嫌な予感が続いてるんです」


 才木は辺りを見渡した。その原因を探しているようだ。

 しばらくして、「……これ」才木はしゃがみ込み、何かを拾った。

 煙草の吸殻だった。

 それを見て、陣内は気付いた。


「その銘柄、誰のだ?」


 メキシコ人でも、バングラデシュ人のものでもない。運転手の男は葉巻を咥えていた。この銘柄を吸っていた男は、三人の中にいない。

 となると、別の誰かが、ここで煙草を吸い捨てたことになる。

 ――この倉庫にいたのは、あの三人だけではなかったのか?


「もう一人いる」


 陣内は呟いた。銃声が聞こえてきたのは、その直後のことだった。


「伏せろ!」


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