#3 winged-⑦


 高野に呼ばれ、すぐに背広姿の男が現れた。秘書の三島みしまというらしい。日本人だろうが、まるで海外の軍人のような立派な体格をしていた。

 三島は陣内たちを連れて建物の外に出た。彼の説明によると、事務所に併設されている工場の中では収穫したトウモロコシの加工作業が行われているという。すれ違う社員たちは、ほとんどが外国人だった。白い帽子とマスクをしていても、目鼻立ちや肌の色からわかる。


「さすがに、労働力まで純国産とはいかないか」


 皮肉っぽく呟くと、才木に睨まれた。先導する秘書の耳に入ったらどうするんだ、と言いたいようだ。

 工場の隣には倉庫がある。シャッターは開いていた。中には農機が三台。農業には明るくないので詳しいことは知らないが、どれも異なる形状をしていたので、それぞれ用途が違うのだろう。倉庫の中には農機の他に、大きなコンテナも並んでいる。訊けば、あれは収穫したトウモロコシを一時保管するためのものだと、三島が解説した。

 そうこうしているうちに社員寮に到着した。マンスリーマンションのようなシンプルな外観で、一部屋に三人が暮らしているという。八畳あるかないかくらいの広さだ。グエンがいた部屋には現在メキシコ人とバングラデシュ人の同僚が暮らしていた。住人の立ち合いのもとで部屋の中を捜索したが、グエンの私物と思われる物は残されていなかった。

 一通り調べを終えたところで、陣内たちは引き上げることにした。時刻は夕方になっていた。日が傾き、西日が広大な畑を赤く照らしている。


「――なにを視た?」


 車の中で、陣内は才木に尋ねた。帰りの運転も新人に任せている。運転席の才木は


「何の話ですか」と聞き返した。

「さっき、社長の話聞いてたとき。一瞬フリーズしてたろ、お前」

「ああ」と、才木が思い出す。

「それが、なにも視えなかったんですよ。視えそうな感じはしたんですけど。嫌な予感がするだけで、映像が浮かんでこなくて」

「疲れてんじゃないの?」

「そうかもしれませんね。長いこと運転してましたから」

「お? 嫌味か?」


 才木の能力は、陣内や綿貫のように自身の力で操れるものではないようだ。たとえ操れたとしても、ドーパーが常に百パーセントの力を出せるわけではない。睡眠不足や体調不良、過度なストレスなど体調や精神状態に左右され、場合によっては力を発揮できないこともある。陣内もアルコールを摂取したときは目がかすみ、なかなかうまく力を使えないことがあった。柴原は花粉症持ちで、その期間は鼻が利かなくなるらしい。


「まあ、あの社長はなにか隠してるだろうな。今までいろんな人間に聞き込みしてきたけど、誰でも少しは狼狽うろたえるもんなのよ、普通。いきなり麻取が来たら、身に覚えがなかったとしても大抵がビビる」

「高野社長は落ち着いていましたね。まるで、麻取が来ることを想定していたかのようでした」

「お前みたいな力を持つドーパーなのか。もしくは、麻取が来たときのためにあらかじめ心の準備をしていたか」


 新宿に戻ってきたときにはすでに日が暮れていたが、オフィスにはまだ全員が残っていた。陣内と才木が聞き込みの成果を報告すると、


「DEAに問い合わせたら、グエン・フー・ミンの身元がわかった」と、葛城が告げた。

「グエンは偽名で、本名はルイス・ロドリゲス。コロンビア国籍で、ロス・ティグレスのメンバーだ。国際指名手配されている」

「国外に逃亡するために、偽名を使って技能実習生になったってことっすか」


 柴原が目を丸くした。

 諸外国では名義の売買が横行している。なりすましは容易であり、外国人労働者という身分は度々指名手配犯の隠れ蓑になっていた。

 綿貫が首を捻る。


「高野社長は、知らずに雇っていたんでしょうか」

「それは違うと思います」


 声をあげたのは、棗だった。


「これを見てください」と言って、壁の大きな画面に資料を表示させる。

「タカノフィードの取引履歴を洗ってみました。これは過去の記録なんですが、不自然な点があるんです。この会社、頻繁に中古の農機を輸入しているようで。半年前に一台、その三か月前にも一台。ここ三年の間に、十台以上の取引があります」

「倉庫には三台しかなかったぞ」


 陣内は記憶を思い返しながら言った。故障して破棄したにしても、必要がなくなり転売したにしても、いくらなんでも頻度が高すぎる。


「ここまで不審なやり取りを、社長が見逃しているとも思えません」


 葛城が尋ねた。


「それは、どこから輸入してるんだ?」

「ベトナムの修理工場を経由しています。輸出元は、ブエナベントゥラです」


 麻薬市場において悪名高きブエナベントゥラ港――コロンビアの湾岸都市にあるこの巨大な港ではコーヒー豆やバナナなどの特産品の陰に隠れ、大量のコカインが太平洋へと送り出されている。国家警察の麻薬取締ユニットや軍の薬物検査部隊が一日何百台もの積み荷をあらため、年間五千キロにも上る純正コカインを押収しているが、それでも毎年千四百トン近くが見逃され、国外に流れているという。


「そういえば昔、似たような話があったな」と、葛城が思い出した。

「十八年前のロードローラー事件ですね」


棗が頷く。


「国際組織が農業用のロードローラーに覚醒剤を仕込み、博多港に密輸しようとした。あのときはCCDに踏み切って、多国籍マフィアのメンバー数人が逮捕されました」


 所謂、泳がせ捜査のことをコントロールド・デリバリーCDと呼ぶ。それに対し、クリーン・コントロールド・デリバリーCCDとは、砂糖などの代替品と麻薬を入れ替えておく作戦のことである。捜査中に万が一、不慮の事故や不測の事態が起こってしまったとしても、薬物が市場に出回ることはない。


「今回の一件がそのロードローラー事件の真似まね事だとしたら、タカノフィードは麻薬組織とグルになって密輸を働いてたってことか」

「次の取引がいつか、わかるか?」

「それが――」と、棗の表情が曇った。

「今日なんです。タカノフィードはアイルランド製のマルチ播種はしゅ機を輸入したようで、それが今夜、ベトナムから東京港に届くことになっています」


 まずいな、と思った。陣内は肩をすくめて告げる。


「知らなかったとはいえ、陸揚げ当日に高野をつついてしまったのは、悪手でしたかね」


 警戒し、動きを潜めてしまうかもしれない。陣内の言葉に、葛城は首を振った。


「いや、逆に行動を早めるかもしれない。連中はガサが入る前に動きたいはずだ」


 となると、こちらも迅速に対応しなければならない。


「農機を解体して中身を取り出すにしても、安全に作業を行う場所が必要ですよね」


 綿貫の言葉に、棗がキーボードを叩きながら答える。


「タカノフィードが所有する倉庫は、所在地にある一軒のみのようです」


 それを受けて、葛城が部下に指示を出す。


「柴原、税関職員を装って農機を確認してこい。当たりだったらCDに移る。税関に話を通して、泳がせろ」

「はい」

「動きがあったら、棗は監視カメラの映像を使って対象を追跡してくれ。陣内は、綿貫と才木を連れて倉庫をタカノフィードを見張れ。突入のタイミングはお前に任せる」

「了解」


 陣内は短く返事をした。

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