#2 sixth sense-⑥



 宋の身柄を警察に引き渡してから、陣内と才木は中華街を後にした。対象が気絶していることに関しては、陣内は「逃走中に自分でこけて頭を打った」と説明していた。見え透いた嘘だ。どうせ宋が目を覚ましたらすぐにバレる。いっそ暴行で訴えられてしまえ、と才木は呪った。

 陣内は特捜課のオフィスに戻るや否や、


「棗、ちょっと調べてほしいものがある」


 と、奥の席でキーボードを叩いている情報官に声をかけた。

 調べてほしいものというのは、携帯端末のようだ。棗に手渡し、告げる。


「これ、辻川が使ってたものなんだけど」


その言葉を聞いて、才木はぎょっとした。


「どこにあったんですか」

「宋のポケットに入ってた」

「まさか」


才木はぎょっとした。


「盗んできたんですか」

「人聞きの悪いこと言うな。俺があいつを蹴ったときに、上着のポケットから落ちたんだ。警察に渡そうと思ってたけど、すっかり忘れてたの」


 どの口が、と呆れてしまう。

 警察に通報を入れている間、才木は陣内から目を離していた。おそらくその隙に、陣内は意識のない宋の所持品を漁ったのだ。そこでポケットの中から携帯端末を二台見つけ、宋の顔認証でロックが解除できない方を辻川のものだと判断し、くすねておいた――と、どうせそんなところだろう。

 先輩の暴挙に、才木は頭を抱えた。


「勝手に証拠品を持ち出すなんて……」

「後で返しゃいいでしょうが。お前は頭が固すぎんのよ」


 油断も隙もない男だ。次からは自分がしっかり見張っておかなければ、と才木は胸に刻んだ。


「中身を確認しましょう」


 棗は端末とパソコンをケーブルで繋ぎ、データを取り込んだ。


「辻川が顧客に著名な人物を抱えているという話は、事実のようですね」


 端末の中には複数のフォルダが存在し、数百枚に及ぶ写真が保存されていた。政界財界の大物、芸能人、スポーツ選手など、よく知った顔が写っている。まるで週刊誌の記者が撮影したような隠し撮りばかりで、怪しげな取引の瞬間がカメラにおさめられていた。他にも、パーティで薬物を使用し、ハイになっている姿を撮影した動画など、言い逃れできない証拠が山ほど残されている。


「全員まとめて逮捕できそうじゃん」と、陣内はにやついた。


「どうやら辻川は、この写真や動画で客を脅していたようですね。消去されたメッセージを復元してみたら、証拠が見つかりました」


 棗がキーボードを叩きながら告げた。


「辻川はこれらの証拠をちらつかせて顧客の一部を揺すり、口止め料をせしめるという副業にいそしんでいたようです」

「仕事熱心な奴だなぁ」

「がめついですね。薬で儲けておきながら、さらに客から金をむしり取ろうなんて」


「まあ、自業自得だけどな」と陣内がわらった。薬欲しさに売人と接触し、弱みを握られた連中に同情はできない。


「辻川殺害の動機を持つ人物は、腐るほどいそうだ」

「これを見てください」


 棗が復元したやり取りを指差した。


「辻川は殺される直前、客のひとりと会う約束をしていたみたいです」


 ドープを売りつけている客から『話がしたい』という文面が届いており、それに対して辻川は『十時にいつもの駐車場で』と返信している。


「宋の証言が正しければ、この直後に辻川は携帯端末を盗まれたことになる」

「それに気付かないまま店を出て、約束の場所――殺害現場の立体駐車場へ向かったということですね」


 そして、辻川は殺された。


「相手もおそらく足のつかない端末でやり取りしているでしょうから、個人情報を特定するのは時間がかかりそうです」

「じゃあさ」と、陣内が提案する。

「そいつにメッセージ送ってみてよ。『辻川を殺したのはお前か?』って」


 才木は肩をすくめた。


「正直に答えてくれるわけないでしょう」

「んなことわかってるよ。その後に、こう書いといて。『今日の夜九時に、十万円を持って例の駐車場に来い。来なかったら警察にお前のことを話す』って。辻川の仲間のフリをして、こいつをおびき出すんだよ」


 陣内は口止め料を請求し、犯人を誘い出すつもりでいる。はたしてそんなことで上手うまくいくのだろうか。


「さすがに気付きませんかね、わなだって」と才木は眉をひそめた。

「薬でラリってる奴が、そんなに頭回ると思うか?」


 ――たしかに、それは一理ある。


 陣内の一言に、才木は口を閉じた。犯人は辻川の顧客。だとしたら、薬物中毒者なのだ。

 麻薬は、人の脳から正常な判断を奪ってしまう。短絡的な考え方しかできなくなり、身を滅ぼすような行動に出ることがあるのだ。その姿を、才木はこれまで嫌というほど目の当たりにしてきた。



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