#1 doper-⑧


 中に入ってきたのは、陣内だった。

 フォローしてやると言っていたが、いったいどうするつもりなのだろうか。突如乱入してきた男を見て、犯人は余計に取り乱した。「誰だてめえ」「入ってくんな」とわめき散らしている。

 陣内は緊張感のまるでない表情を浮かべていた。事件現場に赴く捜査員というより、むしろただコンビニに買い物に来た客のような態度だ。間の抜けた顔で散乱した店内を見渡しながら、犯人の言葉をすべて聞き流している。

 それがいっそう犯人を刺激し、喚き声はさらに大きくなった。それでも陣内は無視を通している。まるで本当に聞こえていないかのように。

 いつ撃たれてもおかしくない。なにを馬鹿なことを、と才木は目を剥いた。

 騒ぎ立てる男に距離を詰めてから、陣内が口を開く。


煙草たばこください」レジの後ろを指差した。「あの、四十六番のやつ」


 直後、犯人がえた。震える指でリボルバーの引き金を引く。一発。撃鉄を起こしてから、もう一発――全部で二発の銃声がとどろいた。

 銃弾はどちらも陣内の背後のガラス戸に当たった。犯人と陣内は至近距離で向かい合っている状態だ。それにもかかわらず、なぜか弾は命中しなかった。

 犯人の手元が狂ったのかと思ったが、そうではなかった。


――まさか……弾をけたのか?


 才木は目を見張った。陣内が弾丸を避けた――ように見えたのだ。発砲の直後、わずかな動きで陣内は弾道から体をずらした。目を疑ったが、そうとしか思えなかった。

 陣内の動きに驚いているうちに、再び銃声が店内に鳴り響いた。立て続けに二発。今度は自動拳銃の発砲音だった。陣内はすばやく銃を構え、犯人の頭を撃ち抜いていた。

 被弾の衝撃で男の体は弾かれ、背後の棚にもたれるようにして事切れた。陳列しているおにぎりやサンドイッチが赤く染まっている。一拍置いて、店員の悲鳴が響き渡ると同時に、一斉に警官が店内へと雪崩れ込んできた。

 死者三名。軽傷者一名。被疑者死亡。

 陣内の銃弾が、事件を強制的に終わらせた。一瞬の出来事だった。


「――とまあ、こんな感じだ」


 唖然あぜんとしている才木に、陣内が声をかけてくる。


「うちの仕事がどんなもんか、よくわかったろ? だいたい誰かが撃たれるし、最悪死ぬときもある。敵味方問わずな」


 唖然としている才木を見下ろし、にやりと笑って告げる。


「特捜課へようこそ、新人くん」


 陣内は踵を返し、才木を置いて歩いていく。

 才木は慌てて立ち上がり、その背中を追いかけた。捜査員とすれ違いながら店の外に出たところで、「待ってください」と陣内を呼び止める。

 陣内は足を止めずに返した。


「なによ」

「どうして撃ったんですか」

「……はあ?」陣内が振り返った。

「撃ってきやがったから、撃ち返した。どう見ても正当防衛でしょうが」

「弾は五発。最初の警官に一発発砲。それから、俺に二発。最後に陣内さんに向けて二発撃った時点で、犯人の持っていた拳銃は弾切れだった。そうでしょう?」


 陣内と向かい合い、才木は問い詰めた。

 警察官の現行モデルは五連発のリボルバーだ。犯人がこれ以上引き金を引けないことは、陣内だって知っていたはずだ。知っていたのに、知らないフリをした。犯人を射殺することへの、これ以上ない口実にするために。


「生きたまま確保することだって、できたはずです」

「――生きてて意味あるか?」


 途端に、陣内の声色が変わった。


「あいつが生きてて、誰が喜ぶ? 裁判では薬物のせいにして、心神耗弱で減刑もあり得る。三人も殺してんのに、ただ医療刑務所に入って、数年で娑婆しゃばに出てくるかもしれない。出てきたところで、どうせ薬はやめられない。絶対に再犯する。中毒者は反省なんかしないからな。良心の呵責なんか頭にない。あるのはヤクのことだけだ。身内だって、これ以上罪を重ねるくらいなら、いっそ消えてほしいと思ってるだろ」

「そんなことは――」


 ない、と言いたかった。薬物中毒者が更生するには周囲のサポートが欠かせない。身内は最後のとりでなのだ。誰よりも力になるべき存在が、そんな風に中毒者を切り捨てるなんて。死んでほしいと思ってるなんて。想像したくもなかった。


「薬物中毒者は全員、殺人犯予備軍だ。いちいち相手に同情してたら、命がいくつあっても足りないのよ」


 先刻までのへらへらした態度からは一変し、厳しい表情で容赦なく言葉をぶつけてくる。


「殺される前に殺す」陣内は自分の頭を指差し、才木をにらみつけた。

「迷わずここを撃つ。そのことだけ考えてろ」


 それだけ告げると、彼は飄々ひょうひょうとした顔つきに戻った。


「俺は課長に報告入れないといけないから、救急車は自分で呼んどいて」才木に背を向け、手を振る。

「んじゃ、お疲れー」


 立ち去る背中に向かって言いたいことは山ほどある。何ならその後ろ姿に銃弾をぶち込んでやりたい気分だった。


――何なんだ、この男は。


 陣内鉄平――第一印象は最悪。それどころか、今後この男とは絶対にわかり合えないだろうと、能力の力を借りるまでもなく察した。好きか嫌いかで区別すれば、確実に嫌いな部類に入るタイプの男だ。

 痛かった。陣内の言葉も、撃たれた腕も。患部を押さえ、才木は顔をしかめた。葛城課長の言葉が頭をぎる。特殊捜査課。常に最前線で戦う兵隊。こんな危険な仕事が、これから毎日続くのだろうか。

 とんでもない部署に来てしまった、と天を仰ぐ。才木の心とは裏腹に、雲ひとつない晴天が広がっていた。



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