#1 doper-②
「――え? 転勤?」
長いようで短かった一か月の研修期間を終え、
ところが、不意に掛かってきた電話で、上司が予想もしないことを言い出した。
『そう。うちに配属させる予定だったんだが、事情が変わってね。君には別の部署に移ってもらうことになった。新宿に転勤だ』
「転勤もなにも」才木は戸惑いの声色で返した。
「僕、今日が初出勤なのですが……」
一度も出勤しないまま、才木の本部勤務は終了してしまった。
『勤務先の住所はメールで送っておいた。そこに向かってくれ』
メールには新宿区の住所と会社名が記されていた。
「……どこに向かえって?」
地図にないビルに、存在しない会社。きな臭い情報ばかりで心が
このままでは
よくあることだった。こんなときはいつも、モノクロの映像が才木の頭に流れ込んでくる。携帯端末を
若者は画面に夢中でこちらに気付いていない。才木は歩を速め、高齢の女性に近付いた。映像で見た通りの出来事が起こったのは、その直後だった。前方不注意の若者が、案の定、女性にぶつかった。才木がとっさに彼女の肩を支えたため、前から走ってきた自転車は衝突することなく過ぎ去っていく。
「大丈夫ですか」
曲がった背中に手を添えて尋ねると、女性は笑顔で頷いた。
「ええ、ありがとう」
胸騒ぎが収まった。事なきを得たところで、才木は本題に入った。
「すみません、この辺りに瀬川ビルって名前の建物ありますか? 検索しても見つからなくて」
「ああ、瀬川ビルね。そこの道の先にありますよ」
小枝のように細い指で女性は路地の入り口を指差した。
「所有者が変わって、今はニュー西新宿ビルという名前になってるの」
道理で地図に載っていないはずだ。才木は頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。それじゃあ、お気をつけて」
「あなたも」
女性と別れ、才木は言われた通りの道を進んだ。野良猫しか通らないような
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